取締役の責任の免除に関する議員立法についての抗議声明

─── 無責任経営者を免責する立法に抗議します ─── 

                      2001年12月7日

                      株主オンブズマン            

                 代 表 者    森岡 孝二(関西大学教授)

1、はじめに
 与党を中心とする議員が「商法及び株式会社の監査等に関する商法の特
例に関する法律の一部を改正する法律案」をこの6月の通常国会に提出し
ました。この後、何の審議もないまま突然、民主党との間で密室協議の結
果、若干修正のうえ先日国会を通過しました(以下これを本法案といいま
す)。この本法案の改正の内容は、当初は株主代表訴訟制度の改正と主
張されてきましたが、代表訴訟に限らず、株式会社の取締役の責任一般
を免除できるとするものです。
  私達は今までの株主代表訴訟に関与した経験(ハザマ・鹿島・大林組の
贈賄事件、高島屋・味の素・第一勧銀・野村証券・神戸製鋼所等の利益供
与事件、日立等の談合事件、生保会社・熊谷組等の政治献金等の株主代
表訴訟)から、本法案に反対することをここに表明します。むしろ今必要な
ことは代表訴訟等の制限ではなく、大和銀行等にみられる持株会社方式に
よる責任の蝉脱にあると考えます。その為の改正こそ今急務です。

2、緊急に改正すべき法律
(1)持株会社の株主は、子会社の取締役の善管注意義務違反に対しても株
主代表訴訟を提訴できるよう改正すべきです。   
 具体的には、商法267条1項の「取締役」とあるのを「取締役(持株会社の場
合は、その持株会社の子会社の取締役も含む)」と改正すべきです。
(2)大和銀行の場合は「大和銀ホールディング」という持株会社を設立して株
式を 持株会社に移転したことにより、現在の株主代表訴訟は却下される可能
性が大です。2001年3月29日東京地裁判決(日本興業銀行の件)は株主代
表訴訟を却下しました。代表訴訟が係属中にこのような持株会社方式により却
下されることは、コーポレートガバナンスの立場からみてもとうてい納得できるも
のではありません。
(3)ちなみに、アメリカでは親会社の株主が子会社の取締役の責任を追及す
る多重的代表訴訟(multiple derivative action)が判例上、肯定されています。
しかし我が国では判例上、肯定される可能性が少なく、法改正をするべきです。

3、取締役に対する損害の免除に関する本法案の改正内容   本法案は次の
とおり改正しようとしています。
(1)266条1項5号(取締役の法令違反)の行為について、取締役が「善意にし
てかつ重大な過失がない時」は会社に与えた損害賠償額を報酬等の社外取締
役については2年分、一般の取締役については4年分、代表取締役については
6年分に免除することが出来る(266条7項)。
(2)そしてその免除方法は、 @ 株主総会で2/3の賛成決議 A 定款にあらか
じめ定めた場合は、取締役会の決議 で免除できることになっています。

4、本法案の問題点
(1)真の責任者である会社のトップの責任を軽くし、下位の者には損害の全額を
負担させる法案です。   本法案は、商法266条1項5号違反について「善意に
してかつ重大な過失がなかった」取締役について、その損害を免除する規定にな
っていますが、悪意又は重大な過失がある取締役には従来どおりの損害賠償が
命ぜられます。 一般に、政治家への贈賄や総会屋に利益供与する者は会社の
トップでなく、下位の取締役であったり、従業員であったりします。刑事事件で立
件されるのも、これらの者です。
会社のトップは「知らなかった」として刑事責任が追及されていないのが実際です。  

  しかし、実態は知っているケースや黙認しているケースや部下に任せているケ
ースが多いのです。しかしながら、関係者が口裏を合わせて企業のトップの刑事
上の責任を免れさせています。このような場合にこそ、企業のトップの民事上の責
任を追及する必要性があります。刑事裁判でその部下が単独で行ったといわれる
場合に、株主代表訴訟の民事裁判でも証拠上、裁判所は、悪意または重過失と
認定することがなかなか出来ません。
  このような場合に、その担当取締役を会社のトップが監視・監督すべき注意義
務があるのにそれを怠ったとして、善意ではあるが、軽過失があると認定すること
が裁判所としては一番認定しやすいのです。   
 真の利益供与の責任者は会社のトップであるのに、その者の損害が2年分から
6年分に制限されるのに、他方、その部下は何億円でもなるというのは社会的に
極めて不都合な結果を導くことになります。   
 実際の裁判では、重過失か軽過失という認定はきわめて微妙な事実認定の領
域に属する問題です。その微妙な領域の責任については、重過失の取締役の場
合はその損害の全額、他方軽過失の取締役は2〜6年という法律案は、極めて乱
暴な法律となり、結果として真の責任者を免罪する役割をもつ法律となります。

(2)報酬等の2〜6年分では保険から補填され、取締役には何の経済的負担も
ありません。   
 報酬の2年分から6年分では役員に対する何の抑制効果も持ちません。
  何故なら、報酬の2年から6年では役員に対する損害賠償保険が普及した現
在では、取締役に何の経済的負担も発生させないからです。  
  株主代表訴訟は企業の違法行為を抑制し、経営に対する法的緊張感を生じ
させるとともに、企業の社会的責任を果たさせるためにも、大きな機能を有してい
ます。代表訴訟に詳しくかつ法制審の委員でもあった元神戸大学教授の河本一
郎弁護士は、「株主代表訴訟は、現在のわが国で経営者の不当ないし違法行為
防止にもっとも大きな効果を発揮しているといえます。あるいは、そのための唯一
の制度であるといってよいと思います」(商事法務No.1539号記念シンポジウム・
21世紀の商法とコーポレート・ガバナンスP−67)と発言しています。   
 上記金額に制限すると取締役の経営判断並びに違法行為の監視についての緊
張感が経営から失われ、無責任経営を助長する法律案との謗りを受けるものです。

(3)免除手続もお手盛りです。 より問題なのは、株主総会や定款で定めのある場
合に、取締役において免除できるとしている点です。
@ 定款で免責条項を定めてある場合は、具体的に事件が発生した時に取締役
会で免責できることになっています。定款にその免責条項を定める時は、具体的
事件は発生していません。事前に、包括的に法律の範囲内ではありますが、取締
役会に一任する制度です。現実に事件が発生した時に、適当に社内調査委員会
を作り、真の責任者である企業のトップの責任を不問にし、○○取締役の責任があ
るが悪意がなく、重過失もなかった。よって報酬の2年分で損害を補填させるという
危険性があります。 以上のとおり取締役会でお手盛りで現実に処理させられた場合、
株主が、いや重過失があるのだという理由で株主代表訴訟を提訴することは実際上
不可能です。前記のとおり軽過失と重過失の認定が微妙である以上、裁判官はその
取締役会の判断を実際上尊重することになります。株主総会での免除の場合も、事
件が発生するや早々と悪意・重過失がないとして処理をして臭いものに蓋をすること
も可能となります。
A 大株主(多くは株式持ち合いの関係にあるグループ会社)による株主総会を通
じた取締役に対する第一次的なコントロール機能をもってしては、取締役に対する
責任追及に欠けるため、少数株主権として代表訴訟提訴権を付与して二次的コント
ロールを期しているのです。株主総会、更には仲間うちの取締役会で免除できると定
めれば、全てのケースで免除がなされてしまうことになります。これでは株主代表訴訟}
によって生まれてきた経営判断についての緊張感が再び失われることになります。お
手盛りによる免除規定は世界からも信頼をなくします。

B 私達は、もし取締役の責任額について制限するとすれば、お手盛りによる免除で
はなく、諸般の事情を考慮のうえ裁判官がその裁量でその額を減縮できるとの方向で
検討がなされるべきであると考えます(スイス・オランダ・デンマーク・北欧三国ではその
ような立法例がなされているとのことです)。「株主代表訴訟に関する自民党の商法等改
正試案骨子に対する意見」商事法務1471号)。 従業員が会社に与えた損害について
の賠償額を制限することを認めた 最高裁判決(昭和51年7月8日民集30巻7号689頁)
は、「事業の性格、規範、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加
害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、
その他の諸般の事業に照らし、損害の公平な分担という見地から信義上相当と認められ
る限度に限定されるべきである」と判示している点が取締役の責任の免除についての参
考になると考えます。

(4)市民感情にも合致しません。  
  取締役の責任を2年分とか6年分に制限することは、およそ市民や株主を納得させ
るものではありません。支払能力を越える賠償命令を出しても意味がありませんが、この
制限は市民常識と著しく離れます。大きな船の船長が舵取りを誤り、事故を起こせば巨
額損失の責任が生じ、小さな船の船長にあたっては小さな責任にとどまることになるのは
当然です。過失責任は、それが一瞬進路の注視を怠ったものであろうと責任が生じ、そ
の結果、生じた損害がいかなる巨額なものになろうが、その全てに責任を負うのが市民法
の原則です。なぜ大会社の取締役のみ(中小零細会社では社長は殆ど連帯保証してお
り、私財を投げ打つ、更には破産することになる)がその責任を大幅に免除されるのか、と
いう市民感情にも反します。

(5)株式会社の役員一般の責任を免除するもので、その他の団体の役員との整合性が
全く検討されていません。
   本法案は、株主代表訴訟に関する制限だけではなく、株式会社等の取締役の責
任を一般的に免除する条文になっていることが特徴です。取締役と会社との関係は委
任契約です。株式会社以外の団体とその役員である業務執行者との法律関係も同じく
委任契約です。 今回、株式会社の役員の責任の免除を急ぐあまり、何故、株式会社の
役員の責任を免除するのか、その他の団体と役員の関係の整合性について全く議論さ
れていません。
 又、破綻企業の旧役員に対する新経営陣による損害賠償の請求が相次いでいます。民
事再生法下における損害賠償請求については株主総会、取締役会は従前のまま存在
します。新経営陣が旧役員の損害賠償を求めて提訴しても、株主総会の特別決議で免
除できるという法構造になっています。金融再生法等に基づく金融整理管財人が旧役
員に対する損害賠償を請求しても定款に免除規定があれば、取締役会で免除できるこ
とになります。実際上免責することは困難でありますが、条文上は無責任経営者を免責
する法案となっています。泥縄改正の為にこれらの法律との整合性も議論されていませ
ん。このようなその他の団体や法律との整合性すら満足に検討していない本法案につい
ては、もっと時間をかけ慎重に審議をするべきであったのに、ほとんど審議をせず、議
決をした与党・民主党の責任は甚大です。

  5、結論 今必要なことは我が国の企業のトップをどう統治するかが重要であって、そ
の企業のトップの責任を免除、軽減することではありません。 本法案に絶対に反対します。
  今回、与党と民主党がこの法案を急いだ理由は、来年になると大和銀行株主代表訴
訟事件判決が却下になる可能性が高いからです。この判決が却下されたのでは代表訴
訟の金額を制限するという大義名分がなくなるからであります。経済界のこの要求に与党
と民主党は迎合・屈服したものと思われます。このような悪法を押し進めた与党・民主党
ならびに賛成した国会議員に抗議します。


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