株主代表訴訟の損害賠償責任の軽減に関する定款変更アンケート調査結果 

                          

1.調査の目的と方法

 

株主代表訴訟制度にかかわる200112月の商法改定により、取締役が軽過失のときの会社に与えた損害の賠償額に、社外取締役については報酬等の2年分、一般の取締役については4年分、代表取締役については6年分という上限が設けられ、それを超える分は免除することができることになった。この制度を用いるにはその前提として株主総会の定款変更が必要になる。

 

株主オンブズマンは、19962月の設立以来、総会屋利益供与事件などに対して、取締役の責任追及と再発防止を意図して株主代表訴訟を起こしてきた。そういう立場から、上場企業が実際に取締役の責任の軽減に関する定款変更を行うかどうかに重大な関心をもっている。そこで2002年4月下旬より5月末までの間に、東証一部上場3月期末決算企業1254社に対して、往復葉書で、「提案する」、「検討中」、「提案しない」の別をたずねた。その結果、合計477社(回答率38%)から回答が寄せられ、「提案する」24社(5%)、「検討中」58社(12.2%)、「提案しない」395社(82.8%)であることが判明した。

 

2.調査の概要

 

定款変更を「提案する」企業は24社で全体の5%にすぎない。定款変更を「提案する」企業のうち、住友商事(銅不正取引巨額損失事件)、大和証券グループ本社(総会屋利益供与事件)、日立製作所(下水道工事談合事件)、雪印乳業(牛乳食中毒事件)は近年不祥事があった企業である。これらのうち、住商と日立では取締役に対して損害賠償請求の株主代表訴訟が提訴され、会社にそれなりの賠償がなされて和解している。

 

上記の大和証券グループ本社、雪印乳業は社外取締役の責任軽減のみを提案すると答えている。社外取締役が文字通り会社から真に独立した取締役を意味するなら、その責任を軽減することは社外から適切な人材を招くことを容易にするためにやむをえない措置として肯定できる。株主オンブズマンが株主提案をした結果、安全担当の社会取締役を消費者団体の推薦を受けて選任する運びになった雪印乳業はそうした事例の一つである。しかし、社外取締役の責任軽減を理由に、他の取締役の責任まで軽減する定款変更は便乗のそしりを免れない。

 

電力会社は回答のあった東京、中部、中国、九州の4社が定款変更を「提案する」としており、関西電力も「検討中」になっている。電力会社には原発反対で株主提案をしてきた株主グループがおり、中部、中国の2社では、反原発運動を背景に株主代表訴訟が起こされた経緯もある。

 

「検討中」の企業は58社で全体の12.2%にとどまる。このなかにもオリエンタル建設のように「提案しない公算が大きい」と書いている会社があるが、58社のほとんどは「提案する予定」あるいは「提案に向けて検討中」であると考えられる。しかし、そうだとしても、「提案する」と「検討中」を合わせても、全体の2割に満たない(17.2%)ことは注目されてよい。

 

「提案しない」企業は395社で全体の8割(82.8%)を超えている。8割強の企業が「提案しない」ということは、今回の商法改定にともない役員の賠償責任の軽減措置をとることに大多数の企業は消極的であることを示唆している。回答から定款変更の提案を見送った理由を読み取るのは難しいが、回答の「意見欄」に定款変更をしない理由を書いている企業があるので、以下に特徴的なものをいくつか列挙しておこう。

 

【ジャフコ(JAFCO)】賠償責任等が生じないような社内体制整備に注力しております。

【不二製油】直近迄検討したが、社外取締役・監査役につき更に検討要。又、改正が立て続けであり、ガバナンスの有方(在り方)と一体的に検討を要す為もう少し見極めたい。

【ユーシン精機】実効性のないものを提案しても無意味なためです。

【エスペック】代表訴訟に関して賠償が必要な問題が起こった場合は、株主総会で特別決議すればよいと考える。

【丸大食品】もともと違法・不当なことをしない企業。特にそなえをしても意味がない。

【キーコーヒー】コンプラインアンシーを常々心がけており、経営の透明性も維持している。責任免除は、この考えに逆行するもので、経営層の甘えにつながることから提案はしなかった。

【東リ】事後承諾にて対応予定(特別決議)

 

なお、「提案しない」とした395社のうちには、完全子会社化にともない完全親会社で定款変更をすると答えた企業が3社(川崎製鉄、日本鋼管、松下精工)あった。

 

3.定款変更を提案しない企業名一覧

 

GSIクレオス、JSAT、KDDI、NOK、NTN、NTTドコモ、SMC、TDK、アーバンコーポレイション、愛眼、アイダエンジニアリング、アイワ、アオキインターナショナル、秋田銀行、旭硝子、旭ダイヤモンド工業、味の素、芦森工業、アズウェル、アゼル、アツギ、アネスト岩田、アマダ、アマダマシニックス、アルパイン、アロカ、イエローハット、石川島播磨、伊藤ハム、乾汽船、稲畑産業、イビデン、伊予銀行、岩崎通信機、岩谷産業、岩手銀行、インテック、エア・ウオーター、栄研化学、エイデン、エーアンドエーマテリアル、エスバイエル、エスペック、荏原製作所、愛媛銀行、オイレス工業、王子製紙、大垣共立銀行、大隈豊和機械、大崎電気、オービック、沖電線、沖縄銀行、奥村組、小田急電鉄、小野薬品工業、オリジン電気、カーマ、香川銀行、学習研究社、科研製薬、カシオ計算機、神奈川中央交通、鐘淵化学、カメイ、カヤバ工業、川崎重工業、川田工業、川鉄商事、関西ペイント、キーコーヒー、紀州製紙、木村化工機、京三製作所、京セラ、協同飼料、共立メンテナンス、協和エクシオ、極東貿易、近畿車輛、近畿日本鉄道、キンセキ、クボタ、熊谷組、クラヤ三省堂、クラリオン、クラレ、グルメ杵屋、クレディセゾン、京浜急行電鉄、高圧ガス工業、神戸製鋼所、コーセー、ゴールドウイン、国際航業、コニシ、小松ウォール工業、小松建設工業、コメリ、佐伯建設工業、サカイオーベックス、堺化学工業、佐賀銀行、佐世保重工業、三愛石油、三共、サンゲツ、サンケン電気、サンデン、三洋電機クレジット、山陽特殊製鋼、サンリオ、シーアイ化成、塩野義製薬、四国電力、資生堂、シナネン、島津製作所、ジャックス、シャディ、ジャフコ、十八銀行、上新電機、商船三井、ショーワ、シルバーオックス、シロキ工業、神栄、信越化学、神鋼商事、神鋼電機、新神戸電機、スターゼン、スタンレー電気、住友化学、住友建設、住友信託銀行、住友精化、住友精密工業、住友特殊金属、住友林業、スルガ銀行、セイコー、西濃運輸、西部ガス、西武鉄道、西部電気工業、セーレン、積水化成品工業、ゼビオ、全国朝日放送、全日本空輸、第一製薬、ダイキン工業、ダイジェット工業、大成ロテック、ダイセル化学工業、ダイニック、大日本スクリーン、大日本製薬、太平洋工業、ダイヘン、大豊工業、大明、太陽インキ、太陽東洋酸素、太陽誘電、ダイワボウ情報システム、高砂香料工業、高砂熱学、高島、タクマ、武田薬品工業、タツタ電線、タムラ製作、チノー、中越パルプ工業、中外製薬、中国銀行、中国工業、千代田化工建設、ツカモト、筒中プラスチック、ツバキナカジマ、ツムラ、帝国ピストンリング、ディスコ、データ通信システム、デオデオ、テザック、鉄建建設、テルモ、テンアライド、電気化学、東海東京証券、東海旅客鉄道、東急車輛製造、東京海上火災、東京テアトル、東京都民銀行、東光電気、東芝セラミックス、東芝テック、東電道路、東邦亜鉛、東邦銀行、東洋エンジニアリング、東洋水産、東洋通信機、東洋紡績、東洋ラジエーター、東リ、トーメン、トーメンエレクトロニクス、トキメック、常磐興産、特種製紙、トッパンフォームズ、トナミ運輸、トピー工業、巴川製紙、トラスコ中山、トランスコスモス、鳥居薬品、長瀬産業、永谷園、ナカノコーポレーション、ナカバヤシ、中山製鋼所、七十七銀行、ナブコ、ナムコ、西日本銀行、西日本鉄道、ニチコン、ニチハ、ニチメン、ニチメンインフィニティ、日揮、日産ディーゼル、日商岩井、日清食品、日清製粉グループ、日新電機、日清紡績、日成ビルド工業、日石三菱、ニッタ、日東工業、日東製粉、日東電工、日東紡績、日本板硝子、日本カーバイド工業、日本化成、日本紙パルブ商事、日本管財、日本金属、日本軽金属、日本ケミファ、日本航空、日本合成化学、日本コムシス、日本コンベア、日本酸素、日本写真印刷、日本証券金融、日本触媒、日本信号、日本信販、日本水産、日本製鋼所、日本精線、日本製粉、日本ゼオン、日本曹達、日本デジタル研究所、日本テレビ放送網、日本特殊陶業、日本トムソン、日本農産工業、日本パーカライジング、日本ハム、日本ピストンリング、日本ヒューム、日本ペイント、日本無線、日本郵船、ノーリツ鋼機、野村総合研究所、パイオニア、ハウス食品、伯東、箱根登山鉄道、長谷工コーポ、パラマウントベッド、阪急百貨店、阪神電気鉄道、バンドー化学、阪和興業、菱電商事、日立造船、日比谷設備、フジクラ、藤倉化成、富士興産、藤沢薬品工業、不二製油、フジタ、富士通、富士通サポートアンドサービス、フジッコ、富士電機冷機、不二家、不動建設、船井電機、プレス工業、プロミス、平和不動産、ベネッセコーポレーション、ベルーナ、北越銀行、北陸電気工業、北陸電気工事、ホシデン、北海道銀行、マースエンジニアリング、真柄建設、マキタ、牧野フライス製作所、松下寿電子工業、松下通信工業、松下電器産業、丸一鋼管、丸全昭和運輸、丸大食品、ミスターマックス、ミズノ、みずほアセット信託銀行、三井化学、三井鉱山、三井住友海上火災保険、三井造船、三菱ウエルファーマ、三菱化学、三菱ガス化学、三菱地所、三菱重工業、三菱樹脂、三菱商事、三菱伸銅、三菱製紙、三菱電機、三菱電線工業、三菱マテリアル、三菱レイヨン、三ツ星ベルト、ミツミ電機、ミノルタ、武蔵野銀行、明治海運、明治乳業、名糖運輸、明和産業、メガチップス、モリ工業、モリタ、森永製菓、森永乳業、ヤオコー、安田火災海上保険、矢作建設工業、山形銀行、山善、山武、山之内製薬、ヤマハ、ユーシン精機、ユニチカ、養命酒製造、吉本興業、吉原製油、淀川製鋼所、四電工、ラウンドワン、リコー、リソートトラスト、リヨービ、リンテック、リンナイ、レンゴー、わかもと製薬(川崎製鉄、日本鋼管、松下精工の3社は近く誕生する完全親会社で提案する予定)。以上395

 

4.コメント

 

2002412 日の「日経産業新聞」によれば、経団連は「法の施行日が決まれば、定款変更を決める企業は相次ぐはず」(経済本部)予想していたが、今回の調査結果は、定款変更を行う企業は意外に少数しかなく、大多数の企業は定款変更を見送ったことを示している。この背景には、上記の「意見欄」の理由にもみられるように、取締役の責任軽減の定款変更はコンプライアンス(法令遵守)のための社内体制整備に「逆行」することへの配慮があるものと思われる。

 

意見欄の記入からは、「実効性のないものを提案しても無意味」、「賠償責任を事前に免責するメリットはほとんどない」と考えている企業が少なくないことを示唆している。実効性やメリットがないというのは、第一に、株主代表訴訟における責任の軽減が可能になるのは、軽過失の場合のみであって、犯罪または重過失の場合は従来と変わらないからである。第2に、商法改定による軽減規定の導入前でも、軽過失の場合はほとんど例外なく被告取締役が勝ち、重過失の場合もたいていは被告取締役が単独または連帯して年収の何倍かの損害賠償をすることで和解がなされてきたからである。第3に、(株主総会での3分の2の賛成を必要とする特別決議によって責任を軽減するというもう一つの方法によるのではなく)、定款に責任軽減規定を設け、その規定によって取締役会が責任軽減決議をする場合は、決議に反対する株主の持ち株比率が3%以上に達すれば決定を無効にできるからである。

 

上記の「日経産業新聞」の記事には、株式の持ち合い構造が崩壊、外国人株主比率が上昇しているなかで、「株主オンブズマンなどが反対を呼びかけたらすぐに3%は超える。総会で3分の2以上の賛成を得る方が現実的」(情報機器大手)という指摘もされている。

 

企業が株主代表訴訟の賠償責任軽減の定款変更に消極的なもう一つの理由として指摘されているのは、報酬開示への抵抗である。責任軽減に関する規定を定款に設ける会社は取締役に支払った報酬額を営業報告書に開示することが求められるので、それを回避するために定款変更を見合わせる企業が多いというのである。ただし、この場合の定款変更にともなって開示が求められるのは、報酬の総額であって、個々の取締役の報酬額ではない。また総額と個別とを問わず「報酬」の範囲が何をさすかも必ずしも明確ではない。いずれにしても、報酬開示をあくまで拒む企業の姿勢はここにもあらわれている。

 

1990年代半ば以降、この国では経営者の責任が問われる企業犯罪が続発している。株主代表訴訟以外には経営者の違法行為の責任追及に有効な手だてがない、という状況もほとんど変わっていない。そういうなかで、いま、企業に求められているのは、企業犯罪の根を絶つコンプランアンス体制の構築である。それをせずにおいて、取締役の責任軽減に熱心な経営者は、けっして株主や消費者の支持をえることはできないだろう。

 

2002610

株主オンブズマン代表

                           関西大学教授 森岡孝二