東電の原発損傷隠し事件を「厳重注意」で幕引きしてはならない


                                2002年10月8日

              株主オンブズマン代表     関西大学教授 森岡孝二

 東京電力など原子力発電所の一連の損傷隠し問題で、経済産業省の原子力安全・保安院による調査の中間報告が10月1日に出た。それと同時に経済産業省は、東電に対して、特別保安検査や定期検査の厳格な実施を求める行政措置を発表した。しかし、検査データの改ざんや虚偽記載などの不正に対する刑事告発や行政処分は見送り、「厳重注意」をするにとどまった。

 原発の安全・保安については東北電力、中国電力についても、損傷隠しと虚偽報告の疑惑がある。とはいえ、東電の場合は、他と似たり寄ったりだということではすまされない重大な問題を抱えている。

 これまでの報道や今回の報告によれば、原発の検査を請負った会社の元社員から通産省(当時)に東電の損傷隠しの内部告発があったのは2000年7月であった。当時の資源エネルギー庁は、同年末に証拠書類を添えて東電に質問状を出したとされている。その間に5ヶ月の空白があったわけだが、それ以上に大きな問題は、東電によって原発損傷隠しの一部が公表されたのは、内部告発からなんと2年後であったということである。

 しかも、驚くべきことに、保安院は、2000年末に内部告発者の氏名などの個人情報を東電に提供し、同人が「危険人物」とする文書まで渡していた。今回の内部告発は、1999年9月の茨城県東海村の臨界事故を契機に原子炉等規制法に内部告発の保護規定が盛り込まれたのを受けてなされたと言われるが、保安院の所作が保護の趣旨にまったく反するものであることは論をまたない。

 東電の側にも大きな問題がある。同社の南直哉社長(辞職前)は「社長として知っているべき事実を把握していなかった」と語ったと伝えられている。日本ハムの食肉偽装事件でも社長が知らなかったとされたことが取締役会の不在状態を物語るものとして大きな問題になったが、東電の場合も、取締役会は肝心の安全問題で機能していなかったことになる。

 今回の事件で相談役を辞めて東電からた身を引いた平岩外四氏(88歳)は、かつて経団連会長として「企業行動憲章」(企業倫理に関するガイドライン)の作成にあたった人である。その時期は問題の損傷隠しが続けられていた期間と重なっている。また、東電会長から顧問に退いた荒木浩氏(71歳)は、先日まで日本経団連副会長の地位にあって、財界組織の企業倫理問題の責任者として、日本ハム事件などを受けて企業行動憲章の見直しにあたっていた。しかし、当の東電自身は他企業に企業倫理の範を垂れるどころか、「行動憲章」を社員に周知させることもなく、社内監査もそこそこに、多年にわたって組織的に損傷隠しを行っていたのである。

 コンプライアンスの見地から無視できないことに、東電のような独占会社で、しかも経済生活にとって不可欠で消費を容易に減らせない必需品を供給している会社は、今回のような不正事件を起こし消費者の不信を買っても、それによって直ちに売上が減り、損失が生ずるわけではない。普通の財であれば、不祥事を起こした企業は、消費者の不買や代替品の購入によって売上が減ることによって、市場の制裁が受ける可能性があるが、そういう制裁が働かないのが電力やガスのような必需品を供給する独占会社である。

 原子炉等規制法は、大きな損傷などが生じた場合には、発電所設置許可の取り消しや1年以内の運転停止の行政処分を命じることができると定めているが、今回はそういう行政処分も問題にならなかった。ということは、東電は原子力という最も安全が重視されるべき事業において、その安全にヒビを入れる事件を起こしながら、市場からも行政からも実質的には何の制裁も受けずにいることを意味する。

 経営者が違法・不正や重大な義務違反を犯して会社に損害を与えておきながら、会社(通常は監査役会)が経営者の責任を追及しない場合は、会社に代わって会社のために株主が経営者の責任を問う株主代表訴訟を起こすことができる。しかし、今回の東電の損傷隠しでは、経済的な損害が認定できないために、株主代表訴訟を起こすことはきわめて難しい。この場合、経営者は株主からも責任を問われることはないのである。いわゆる引責辞任は、会長や社長には「顧問」のポストが用意されたということを別にしても、責任をとったことを意味しない。こう考えれば、経済産業省が東電に対して、刑事告発や行政処分を見送ったことは将来に大きな禍根を残すものといわなければならない。

 私たちは、原発の安全確保を重視する株主の立場から、東電と関係省庁の双方に対し、今回の損傷隠しの全容の第三者機関による調査究明を行い、経営トップの責任を含む関係者の責任を明らかにすることを要求する。それとともに、国会および政府機関に対し、原子炉等規正法や電気事業法などの見直しを含め、原発安全規制の抜本的強化を図ることを要求する。東電には、株主と消費者に対して今回の事件についての説明責任を果たすとともに、再発防止のために、取締役会から各種委員会にいたるまで議論を尽くして企業体質を改革し、外部から安全監視の専門家を社外取締役に迎えるなど、目に見えるかたちでコンプライアンスと企業倫理を確立することがいま強く求められている。