障害者雇用に関する情報公開の経過と意義

           2002年12月13日


株主オンブズマン
代表
関西大学教授 森岡孝二 

 

はじめに

11月22日、国の情報公開審査会(2001年4月に施行された情報公開法で設置)は、厚生労働省(旧労働省)が開示を拒否してきた企業の障害者雇用に関する情報を公開すべきだとする答申を出した。これを受けて、厚労省は12月9日、開示請求のあった企業の障害者雇用人数、雇用率、不足人数(法定雇用率未達成の場合)などを公表することを決めた。これは国が保有する企業情報の開示決定として画期的な意味をものである。以下に、この問題に関与してきた株主オンブズマンとして、ここにいたる経過について述べ、私たちの考え方を明らかにする。

1.株主オンブズマンによる上場企業に対する障害者雇用実態調査

障害者雇用促進法によれば、除外率調整後の常用労働者数に対する比率で、民間企業は1.8%以上、国・地方公共団体は2.1%以上の障害者を雇用しなければならない。障害者の能力を正当に評価し、適当な雇用の場を保障することはすべての事業主の社会的責任である。

そこで本会は、株主の立場から上場企業の社会的責任に強い関心を抱く市民団体として、1999年春、上場企業399社を対象に、障害者雇用の法定雇用率の達成状況を調査し、247社(61.9%)から回答を得た。この調査によって、法定雇用率達成企業は3割(29.8%)にとどまり、全体の7割(70.2%)は未達成、障害者の平均実雇用率は1.56%であることが判明した。

達成率の低さには1998年7月から知的障害者の雇用数が参入されるようになったのを受けて民間企業の法定雇用率は1.6%から1.8%に引き上げられたという要因もある。しかし、この調査結果では全体の3割(31.2%)の企業は、調査時点のみならず法定雇用率が定められた1960年(義務化は1976年)以来一度も法定雇用率を達成していなかった。

法定雇用率を達成していない事業主は、身体障害者雇用納付金(常用労働者300人を超える企業で雇用率未達成の場合、不足人数1人につき月額5万円、年60万円)を日本障害者雇用促進協会に納めなければならない。この調査結果では法定雇用率が1.6%であった1997年度でみれば、123社が総額約7億円の障害者雇用納付金を支払っていた。

2.日本航空に障害者法定雇用率の未達成問題で株主代表訴訟を提起

本会のメンバー数名が1999年6月の日航定時株主総会に出席し、同社の障害者雇用状況について質問した。その結果、同社の1999年6月1日現在の障害者雇用率は1.29%であり、不足人数に応じて支払われた1998年度の障害者雇用納付金は4600万円に達していることが明らかになった。上記の株主オンブズマン調査では、法定雇用率が1.6%であった1997年度に支払った障害者雇用納付金の最高額は2850万円であった。日航の4600万円はこの最高額の1.6倍強であることから、同規模企業のうちでは例外的に多額の納付金を支払っているものと考えられる。

1976年に納付金制度が創設されて以来、日航の経営者が20数年の長きにわたって法定雇用率を大きく下回る状態を放置して、漫然と多額の納付金を支払い続けてきたことは、善良な管理者としての注意義務に違反し、かつ納付金相当額の損害を会社に与えてきたものと言わなければならない。 それゆえ私たちは、日航の経営者の責任を追及し、当社が障害者の雇い入れ計画を策定し、速やかに法定雇用率を達成するよう求めて、1999年12月、同社の現旧の社長らを相手取って株主代表訴訟を提起した。

この裁判は、2001年年5月、日航が2003年度末までに、現在の全国平均の雇用率1.49%を達成し、さらに2010年度末までに法定雇用率の1.8%を達成するよう努力すること、職場環境の改善及び障害者の就労を支援するための補助機器の導入を含む支援体制を推進すること、および、法定雇用率達成までの間、同社HPで雇用率の状況を一般に開示することを約束して、和解で終結した。

現在では日航は同社のHPの会社概要・業績<http://www.jal.co.jp/jalnews/gaiyo/>の従業員数の項において、「2002年5月31日現在の障害者雇用率は 1.48%」であると開示している。 今回の情報公開審査会の答申も、このHPのことを念頭において、「ちなみに、法定雇用率未達成のある企業では、その事実をホームページで公開しているにもかかわらず、諮問庁(厚労省)がおそれているような事実(ボイコット運動や社会的非難)が生じたことは聞いていない」と指摘している。

この指摘に続けて、答申は次のように述べていることも注目される。「仮に、諮問庁がおそれているような事象が起こったとしても、それは企業が促進法によって要請されていることを果たしていない結果生じたものであり、やむを得ない結果とみるべきであり、そうした反社会的事実を隠ぺいされることが企業の正当な利益の範囲には含まれないことは明らかである。各種の事例から、障害者雇用率の公表は企業の自律的自発的な障害者雇用への努力を生み出すものである」。

3.ソニー、株主の要請に応え障害者雇用率を超過達成

2001年12月には、本会の会員である株主の名でソニーに対して障害者雇用に関する質問書を送り、法定雇用率の達成状況と雇用納付金の開示を求めた。その結果、ソニーから2002年1月になって、2000年度の実雇用率は1.54%で、不足人数に応じた雇用納付金は3655万円であるが、2002年4月に法定雇用率(1.8%)を達成することを目標に、障害者の雇用促進に取り組んでいる、という回答があった。2月には社長兼COOをリーダーとする障害者雇用率改善プロジェクトの内容について回答があり、5月には4月末日時点で実雇用率は1.97%となり法定雇用率を達成したという回答があった。

7割の上場企業が法定雇用率を未だ達成していないという憂慮すべき状況のなかで、ソニーが法定雇用率を達成するプロジェクトに取り組み、短期間に超過達成したことは、他企業に率先して範を垂れるものであり、高く評価できる。ちなみに同プロジェクトの内容は、(1)採用強化(新卒採用・経験者採用)、(2)特例子会社であるソニー太陽(株)の事業拡大と採用の強化、(3)知的障害者の雇用創出を目的とした特例子会社(「ソニー光株式会社)の設立の三つからなっている。

4.障害者雇用状況報告書の開示請求と不開示決定

前述した日航障害者雇用株主代表訴訟の和解をうけて、各企業の障害者雇用率等の状況を明らかにするために、2001年4月、大阪では、株主オンブズマンの会員で公認会計士の熊野実夫氏が、東京では、DPI (障害者インターナショナル)日本会議・障害者権利擁護センターの金政玉(きむ・じょんおく)氏が、名古屋では、名古屋弁護士会高齢者・障害者問題特別委員会委員の弁護士森弘典氏が、それぞれ各労働局長に対し、情報公開法にもとづいて企業の障害者雇用状況報告書の開示請求をした。しかし、各労働局は、いずれも障害者雇用状況を明らかにする欄を塗りつぶした「黒塗り公開」、つまり不開示の決定をおこなった。

不開示の理由として労働局長は、主に(1)改善勧告に従わない悪質な事業主に対する制裁的な公表制度を含む障害者雇用率制度の事業の適正な遂行・運営に支障がある、(2)企業の社会的評価や社会的信用度の低下につながるおそれがあり企業活動を阻害し、事業主の正当な利益を害するおそれがある、という二点をもちだしている。しかし、この論理は、障害者雇用に積極的な企業が社会的に評価され、消極的な企業が社会的に批判されることをとおして障害者雇用を促進する必要を否定し、障害者雇用を怠っている企業をかばうものである。

5.不開示決定への審査請求と情報公開審査会の開示答申

2001年5月、株主オンブズマンの会員である熊野実夫らは、上記の不開示決定を不服として、厚労省に審査請求をおこなった。この請求を受けた厚労省が情報公開法にもとづいて情報公開審査会に諮問したことに対して出されたのが、冒頭にのべた同審査会の11月22日の答申である。また、12月9日の厚労省の決定は、審査会の答申どおり、請求のあった企業にかかわる障害者雇用人数、雇用率、不足人数を開示することを裁決したものである。なお厚労省にかぎらず、行政庁側で、審査会の答申と異なる決定・裁決をおこなった例は過去に一例もない。

今回の情報公開審査会の開示答申とそれを受けた厚労省の開示決定は、政府機関が把握している企業情報の公開の幅を大きく広げたものとして、また、企業の社会的責任と法令遵守の重要性に警鐘を鳴らしたものとして、障害者雇用行政にとどまらない意義をもっている。その端的に示しているのは答申のつぎのくだりである。

「市場参加者の必要とする情報には商品の質、価格、証券発行会社の財務状況についての情報だけでなく、企業が、法規に合致して行動しているか、さらに、いわゆる社会的責任をどれだけ果たしているかについての情報も含まれる。この企業あるいは経営者の社会的責任は、環境汚染の防止、環境負担の軽減、男女共同の社会参画、障害者の自立への協力、その他メセナ活動などその範囲は広い。企業活動が我々個人の日常生活に及ぼす影響が大きい現在、企業がどのような行動をとっているかの情報は、我々が、例えば、商品の購入、投資決定など日常的な決定をしていく上で欠かせない。

企業の行動に関する情報が公開されることにより、市場により、あるいは、世論の力によって企業の行動が社会的に批判され、また、その批判によって企業が、社会的に責任のある行動をとるようになり、緩やかな社会の改革が可能になる。法は、情報の公開によって社会を緩やかに改革していくことを、暗黙裡に前提としている。

本件対象文書は、企業が法律上要請されている責任についての報告書であり、法律によって企業に要請されている行動を企業がどのように果たしているかを知ることは、企業の行動によって影響を受ける市民の当然の権利である。更に重要なことは本件対象文書に係る情報は障害者の基本的人権である生存権、勤労権、幸福追求権に係わるものであることから、その情報を持っている行政機関がそれを秘匿すべきであるとすることは認められない」。

6.法定雇用率未達成企業の情報公開法にもとづく開示請求裁判は取り下げへ

株主オンブズマンとDPIおよび障害者雇用弁護団は、2002年8?月、情報公開法にもとづいて法定雇用率未達成企業の開示を求めて、情報公開法にもとづく開示請求訴訟を東京地裁に提起した。しかし、すでに上記答申と決定によって目的が達成された以上、裁判を続行する意味はなくなった。なお情報公開審査会委員の藤田宙靖東北大学教授は「情報公開法施行一年を振り返って」という講演のなかで、「裁判所であれば、行政庁の裁量権を理由に訴え棄却となるケースにおいても、審査会では、不開示決定を妥当でないとする答申が出される可能性がある」と述べている。この点からも、今回の審査会を英断は高く評価される。

担当委員の氏名・所属 饗庭 孝典(あえばたかのり)元NHK解説主幹・理事待遇 小早川 光郎(こばやかわみつお)東京大学大学院法学政治学研究科教授 清水 湛(しみずあつし)元広島高等裁判所長官

答申全文はhttp://www8.cao.go.jp/jyouhou/tousin/008-h14/344.pdf
開示請求理由はhttp://homepage2.nifty.com/dpi-japan/2issues/2-10-1saiban.htm
藤田講演はhttp://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/homusho-20020712.html


トップページへ戻る