H15. 2.12 福井地方裁判所 平成13年(ワ)第144号,同年(ワ)第262号 熊谷組株主代表訴訟事件

平成13年(ワ)第144号,同年(ワ)第262号各熊谷組株主代表訴訟事件
(口頭弁論終結日 平成14年9月18日)
            判     決

            主     文
  1 被告Aは,株式会社熊谷組に対し,2861万5000円及び
   (1) 内金1632万5000円に対する平成13年7月5日から
   (2) 内金1229万円に対する平成13年11月1日から
   各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告の被告Aに対するその余の請求を棄却する。
  3 原告の被告B及び被告Cに対する各請求を棄却する。
  4 訴訟費用は,原告と被告Aとの間ではこれを3分し,その2を同被告の負担とし,その余を原告の負担とし,原告と被告B及び被告Cとの間ではいずれも原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
1 被告Bは,株式会社熊谷組(以下「熊谷組」という。)に対し,4984万6000円及びこれに対する平成13年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Aは,熊谷組に対し,
 (1) 3699万7000円及びこれに対する平成13年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員
 (2) 1229万円及びこれに対する平成13年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員
 をそれぞれ支払え。
3 被告Cは,熊谷組の代表取締役として,政党,政党の支部,政治資金団体に対し,寄附をしてはならない。
第2 事案の概要
   本件は,熊谷組が政治資金団体である財団法人D協会に政治活動に関する寄附をしたことについて,熊谷組の株主である原告が,政治資金の寄附は,(1)公序良俗に反する,(2)会社の目的の範囲外の行為である,(3)公職選挙法199条1項に違反する,(4)政治資金規正法22条の4第1項に違反する,(5)取締役の善管注意義務に違反する,と主張し,被告B及び被告Aに対しては,商法267条に基づく株主代表訴訟として商法266条1項5号による損害賠償(政治資金の寄附相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金)を,被告Cに対しては,商法272条に基づき政治資金の寄附の差止めを,それぞれ求めた事案である。
 1 前提事実(争いのない事実以外は末尾に認定証拠を掲記した。)

〈以下において,「会社」とは株式会社を指す。〉

 (一) 熊谷組は,建設土木業等を目的とする資本金334億1162万円余の会社である。
 (二) 原告は,平成13年2月7日の6か月以上前から引き続き現在に至るまで熊谷組の株式1000株以上を有する株主である。
 (三)(1) 被告Bは,昭和53年12月に熊谷組の代表取締役社長に就任し,平成9年12月に代表取締役会長に就任した後,平成12年12月に代表取締役会長及び取締役を退任した。

(2) 被告Aは,平成9年11月に熊谷組の代表取締役社長に就任し,平成12年12月に代表取締役社長及び取締役を退任した。
(3) 被告Cは,平成12年9月に熊谷組の代表取締役副社長に就任し,同年12月に代表取締役社長に就任した。

 (四) 熊谷組は,以下のとおり,E党(以下「E党」という。)の政治資金団体である財団法人D協会(以下「D協会」という。)に対し,政治資金を寄附した(以下「本件政治資金の寄附」という。)。

平成8年 1月22日     275万8000円

      3月14日      100万円

    5月10日          60万円
    5月29日        1176万円
    5月30日     705万6000円
    9月13日     500万円
             (計2817万4000円)

平成9年    2月10日     300万円

 2月13日        1167万円

    9月14日 700万2000円
          (計2167万2000円)

平成10年 3月30日    1867万2000円
    3月19日     200万円
             (計2067万2000円)
平成11年 4月 8日   2万4000円
    9月13日    1627万7000円
       12月29日   2万4000円
                 (計1632万5000円)
平成12年 4月20日        1209万円
     4月27日      20万円
                     (計1229万円)

  総計  9913万3000円

 (五) 政治資金の寄附の具体的手続
  (1) 熊谷組では,D協会から熊谷組の所属する日本建設業団体連合会(日建連)に対し毎年政治資金の寄附の要請があり,これを受けて同連合会から熊谷組に寄附の要請があると,秘書部において,例年の金額と較べて過大でないか,政治資金規正法に定める範囲内であるか,選挙に関わる寄附ではないか等を確認した上,これらの要件を充たしている場合には要請に応じることとし,副社長・社長らの決裁を経て,政治資金の寄附を実施していた(乙6,証人F)。
  (2) 本件政治資金の寄附の手続に関しても(1)と同様であり,本件政治資金の寄附のうち平成8年・9年分は被告Bが最終決裁をし,平成10年ないし平成12年分は被告Aが最終決済をした(乙6,弁論の全趣旨)。
 (六) 平成7年から平成12年までに実施された国政選挙は以下のとおりである。

平成7年   7月  参議院選挙
平成8年  10月20日  第41回衆議院選挙
平成9年  11月16日  宮城県参院補欠選挙

       12月14日  衆議院宮城6区補欠選挙
平成10年    7月12日  参議院選挙
平成11年    4月11日  衆議院東京2区補欠選挙
     同日  衆議院東京15区補欠選挙
 同日  衆議院静岡8区補欠選挙
 10月17日  参議院長野補欠選挙
平成12年    6月  衆議院選挙

 (七) 本件政治資金の寄附当時の熊谷組の経理状況
            (損益計算書による。単位:百万円)
    年度(各3月期) 剰余金 うち当期損益  債務免除額 特別損失

  平成5年    179,190 9,045

  平成6年    174,080 1,088
     平成7年    173,141 1,093
     平成8年    172,191 1,093 22,059
     平成9年    171,038 1,098 19,170
     平成10年  ▲ 48,858 ▲217,644 242,689
     平成11年  1,431 1,431 14,370
     平成12年  32,519 2,755 26,994
     平成13年   ▲120,231 ▲152,750 430,000 577,140
  (八) 熊谷組は,平成10年3月期に2426億円の,平成13年3月期に5771億円の特別損失を計上した。平成10年3月期における特別損失の主な内容は,海外事業整理損(1536億円),貸倒引当金繰入額(647億円),開発事業整理損失引当金繰入額(116億円),貸倒損失(66億円)というものであり,平成13年3月期の特別損失の主な内容は,貸倒引当金繰入額(1859億円),関係会社株式評価損(1500億円),投資有価証券消却損(933億円),たな卸不動産評価損(438億円)というものである。平成10年3月期には488億円の欠損が生じ,平成13年3月期には1202億円の欠損が生じた。
  (九) 熊谷組は,平成12年9月に「新経営革新計画」を発表して,金融機関12行に総額4500億円の債権放棄を申し入れた。そして,同年12月に金融機関12行から総額4300億円の債権放棄を受け,さらに,平成13年1月の臨時株主総会の決議に基づき,約820億円の資本を約170億円に無償減資した。

(一〇) 原告は,平成13年2月7日付け(翌8日到達)の書面で熊谷組の監査役に対し商法267条1項所定の請求をしたが,同監査役は30日以内に訴えを提起しなかった(平成13年(ワ)第144号事件)。
  また,原告は,同年9月18日付け(翌19日到達)の書面で熊谷組の監査役に対し商法267条1項所定の請求をしたが,同監査役は30日以内に訴えを提起しなかった(平成13年(ワ)第262号事件)。

第3 争点
 1 本件政治資金の寄附が公序良俗に反するか。
  【原告の主張】
   会社が自然人と同様に政治的行為の自由を有するとしても,会社はある法律案に賛成又は反対の意見を表明したり,あるいは一定の政策を提唱するなどの政治的意見を表明することができるにとどまる。政治資金の寄附は,本来,市民の選挙における投票の自由と表裏をなすもので,市民の選挙権行使と密接なつながりを持ち,自己の支持又は意図する政策等の実現を企図して行う行為であるところ,自然人の何千,何万倍もの経済力を有する会社等が政治資金の寄附をすることは,単に政治的意思を表明するにとどまらず,自然人よりはるかに大きな発言力,影響力を政治に対して及ぼすことになるのであって,選挙権の平等を阻害する。会社等がした政治資金の寄附により国や自治体の政策決定に影響を与え,国や自治体に一定の政治的意思を強固に形成せしめた後は,国民の投票が自由になされても,選挙民の意思に反する政治的意思を覆すことは事実上極めて困難である。これらのことは,選挙権が会社等の社会的権力によって侵害されていることにほかならない。
   また,憲法が採用する国民主権原理は,国民が自由かつ十分な討論の上で自由かつ平等な選挙によって代表を選任することを要請するところ,このためには,選挙に先立つ国民の間の討論過程においても,国民の意思ができるだけ平等に反映されなければならない。しかるに,会社等による政治資金の寄附は,会社等が参政権を持たないにもかかわらず,その支持する政党・政治家とそうでない政党・政治家との間に資金力の差を生じさせるが,これは参政権を有する国民の政治的支持のありようとかけ離れた結果となるから,会社が国民の間の政治的討論過程に不当に介入するものにほかならない。
   さらに,会社等がする政治資金の寄附は,これを受けた政党の経済的基盤を強固にし,その政党の選挙運動を有利に展開させ,得票率を国民の総意以上に上昇させるもので,個々の国民の政治的価値の平等化にとって大きな阻害物となっている。会社等は,巨額の献金により,政党に有利な政策誘導をさせ,政治腐敗や汚職の原因となり,あるいは,有利な政策決定をさせるのであって,このことからも,国民主権及び国民の選挙権の侵害となる。
  会社の株主個々人の政治的あるいは宗教的信条が異なるのは当然であるから,会社がある特定の政党に対して政治資金の寄附をすることは,株主の政治的意思を無視することにもなる。
  【被告らの主張】
  株主の政治信条の自由との関係では,会社はさまざまな思想・信条を有し,政治的意見を異にする構成員から成り立っているから,会社が政治資金の寄附を行う場合,これをよしとしない株主が存在することは当然に予想される。しかし,会社は強制加入団体ではなく,株式を譲渡することも株主の自由である。また,会社による政治資金の寄附が,株主にその資金の拠出を義務づけ,特定の政治的意見の表明を強制するものでもない。従って,本件政治資金の寄附が株主の政治的信条の自由を侵害するものではない。
  国民の参政権との関係では,国民は会社の政治資金の寄附にもかかわらず自由に選挙権・被選挙権等の参政権を行使できるから,事柄の性質上,会社の政治資金の寄附が国民の参政権行使を不当に制約するなどして,これを直接的に侵害するものではない。現在では,政治資金規正法は,政治資金の寄附が国民の参政権に与える影響を考慮し,弊害防止の観点から,政治資金の寄附を量的に制限するなどの配慮をしている(同法21条,21条の3,22条,22条の2等)から,会社が同法を遵守してその限度内で政治資金の寄附を行う場合には,それ自体としては間接的にも国民による参政権行使を不当に制約するものとは評価されないというべきである。
2 本件政治資金の寄附は熊谷組の目的の範囲内にあるか。
 【原告の主張】
  本件政治資金の寄附の支出のように,会社の資産を無償で利益供与する行為は,客観的・抽象的にみて明らかに営利の目的に違背する。しかし,社会的・経済的に巨大な実在となった会社においては,株主の利益の極大化は会社存続の重要な必要条件ではあるものの十分条件ではなく,社会から期待・要請される一般的利益をも尊重して事業を行うことなしには円滑かつ継続的・安定的な事業を継続することが困難となりうることも事実である。従って,無償の利益供与行為についても,更に目的遂行のため必要なのか否かの個別的・具体的判断を行った上で目的の範囲内の行為であるか否かが検討されるべきである。そして,社会福祉,学術研究,教育,芸術,文化等の社会貢献活動については,会社が社会からの期待・要請に応えて,応分の寄附をすることが許されてしかるべきであるが,それは取締役の個人的関心や信念に基づいてではなく,株主全体の合理的意思に基づいてなされなくてはならないことは言うまでもない。
  これに対し,政治資金の寄附は,特定政党の経済的基盤を強固にさせ,選挙運動をその経済力をもって有利に展開し,政党の得票率を国民の総意以上に上昇させるもので,選挙権の平等化を阻害し,一方,献金を受けた政党に献金した企業や団体にとって有利な政策誘導をさせ,政治腐敗を招くおそれがあり,社会通念上期待ないし要請される行為ではない。また,本件政治資金の寄附は,選挙における得票率が有権者全体の30%にも満たないE党という特定の政党に対してなされるものであって,政党政治を発展させるという一般的・公益的価値を有するものではないことは明らかである。
  以上から,本件政治資金の寄附は熊谷組の目的の範囲外の行為である。
 【被告らの主張】
  会社における目的の範囲内の行為とは,定款に明示された目的自体に限局されず,その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為全てを包含するのであり,必要かどうかは行為の客観的性質に則し抽象的に判断されなければならない。そして,会社の政治資金の寄附も,客観的・抽象的に見て会社の社会的役割を果たすためにされたものである限りは目的の範囲内の行為とするに妨げない。
  政治資金規正法は,会社が政治資金の寄附を行うことを前提とした規定(21条の3第1項4号等)を設けており,このことは,現行法上,会社が政治資金の寄附を行うことは社会的意義があり,会社が政治資金の寄附を行うことがその社会的役割を果たすことに通じると社会的に評価されていることを意味する。
  本件政治資金の寄附は,政治資金規正法上の届出をした政治資金団体に対して,同法の制限内でしたもので,客観的・抽象的に観察して,熊谷組の社会的役割を果たすためにしたものであり,定款所定の目的の範囲内の行為である。
  政治資金の寄附の特質上,特定の政党の政治資金団体に対しなされることをもってその社会的意義を否定するのは相当でない。
3 本件政治資金の寄附が公職選挙法199条1項に反するか。
 【原告の主張】
  公職選挙法は,国政選挙において国と,また地方公共団体における選挙において当該地方公共団体と,請負等契約の当事者であるものは当該選挙に関して寄附をしてはならない旨定めている。ここで「当該選挙に関し」とは,選挙に際し,選挙に関する事項を動機としてなすことをいい,選挙に関する一切の寄附を禁止しようとするものである。ところで,議会制民主主義においては,全ての政党が選挙における多数の獲得を目指して活動を行っているから,政党への寄附は,当該政党が選挙において多数を獲得することを願ってなされ,政党に対する寄附が選挙を離れてなされることは論理上あり得ない。本件政治資金の寄附はE党の政治資金団体であるD協会になされ,これがE党に流れている。E党の資金は,その一部が「選挙活動費」として支出され,また,本部又は支部に対する交付金・組織活動費等にも支出されているが,選挙活動費のほか,交付金・組織活動費等も結局は選挙に関する支出であり,選挙がない年の収入も,その一部が繰り越されているから,広い意味で選挙に関する支出に供されうる。そうすると,結局,E党に対する政治資金の寄附は全て選挙に関するものというべきである。
 【被告らの主張】
  熊谷組は,E党の政治活動に賛同して,本件政治資金の寄附を行っているもので,衆議院議員及び参議院議員の選挙に関して行っているものではない。原告の主張は,政党への政治資金の寄附はおよそ「選挙に関する」寄附であるというに等しく,不合理な解釈である。
  また,原告は,国政選挙の日程と本件政治資金の寄附の日時とを対比して,両者に相関関係があるかのようにいうが,熊谷組は毎年継続的にD協会に政治資金の寄附をしているのであり,他方,国政選挙も毎年のように行われているのであるから,両者が時期的に相前後するのは当然であり,そのこと自体では本件政治資金の寄附が国政選挙に関して行われたことの証明にはならない。
4 本件政治資金の寄附が政治資金規正法22条の4第1項に違反するか。
 【原告の主張】
  政治資金規正法22条の4第1項は,「3事業年度以上にわたり継続して政令で定める欠損を生じている会社は,当該欠損がうめられるまでの間,政治活動に関する寄附をしてはならない。」と定め,これを受けて同法施行令9条は,「法第22条の4第1項に規定する政令で定める欠損は,会社の確定した決算における貸借対照表に記載された欠損金とする。」と定める。しかし,確定した決算であれば,その決算が実態に合致しない場合にも法に反しないと解するべきではなく,貸借対照表の実態の数字から見て,欠損状況が生じていれば法に反すると解すべきである。熊谷組は平成10年及び平成13年に特別損失を計上しているところ,両損失はいずれも数年来の損失を先送りにした結果であり,熊谷組の経営実態は,遅くとも平成7年3月期決算から欠損を生ずべき状態であった。従って,経営実態から見て3事業年度欠損を生ずべき状態であった平成9年3月以後の政治資金の寄附は法に反すると言うべきである。
 【被告らの主張】
  政治資金規正法22条の4第1項にいう「政令に定める欠損」とは,「会社の確定した決算における貸借対照表に記載された欠損金」を指す(同法施行令9条)。これは,大会社にあっては,文字通り,当該会社において取締役が作成し,取締役会において承認を受け,会計監査人及び監査役が相当と認めた貸借対照表に記載された欠損金を指すことが明らかである。
  熊谷組に関しても,原告が指摘する貸借対照表はいずれも取締役によって適法に作成され,取締役会の承認を得,会計監査人及び監査役による監査も受けたもので,これによれば熊谷組においては3事業年度以上にわたる欠損はない。
5 本件政治資金の寄附の実施が取締役の善管注意義務に反するか。
 【原告の主張】
  取締役は,政治資金の寄附にあたって,(1)法令又は定款に違反していないこと,(2)株主の大多数の意思に反することがないこと,(3)社会から期待・要請されていること,(4)献金した資金が献金目的に合致して費消されていること,(5)献金の弊害が存在しないこと,(6)(1)ないし(5)に反することが明らかでない場合にも,その疑いが存しないこと,について確認すべき注意義務を負うと言うべきであり,これらに反した場合には善管注意義務違反となると解すべきである。
  本件政治資金の寄附は,熊谷組に多数の個人株主がいることからすれば,多数の株主の賛同を得ているとは考え難く,社会から期待・要請されておらず,献金した資金はその大半が国会議員の組織活動費とされ,献金目的である市場主義経済の維持とは無関係に費消されており,また,E党に対する巨額の献金が献金を受けない政党の経済的基盤を相対的に弱めることが明らかであるから,上記注意義務に反する。
  また,仮に本件政治資金の寄附について経営判断原則が適用されるとしても,会社の政治資金の寄附は社会から許容されず不合理であり,また,本件政治資金の寄附は自由主義経済体制の維持・発展が重要との認識の下で実施されたというのであるが,現在の政治状況においては自由主義経済体制の是非は問題とされていないのであって,不合理な経営判断というほかない。また,本件政治資金の寄附を実施した当時,熊谷組は実質的に欠損状況にあり,株主に対する配当を行っていなかったのであるから,合理的な経営判断をしていたとはいえない。さらに,本件政治資金の寄附は,公職選挙法に照らし違法となる可能性がある支出で,この点からも合理的とはいえない。加えて,被告らは,本件政治資金の寄附に関し,その必要性及び有用性について何らの調査もしておらず,単に建設事業の安定的基盤に役立つという認識を有して献金したというに過ぎないから,十分な情報に基づいて判断をしたということができず,経営判断としても合理的とはいえない。
 【被告らの主張】
  会社の取締役は,法令,定款の定め,株主総会の決議を遵守するのみでは十分でなく,会社の経営を委ねられた専門家として,長期的な視点に立ち,全株主にとって最も利益となるように職務を遂行すべき善管注意義務を負っていることはいうまでもない。
  もっとも,会社の取締役が事業を営むにあたっては,時々刻々変化する諸々の要素を的確に把握して総合判断し,時機を失することなく経営判断を積み重ねていかなければならないから,経営の専門家である取締役がその職務を遂行するにあっては,広い裁量が与えられているものといわなければならない。従って,取締役に対し,過去の経営上の措置が善管注意義務違反であるとしてその責任を追及するには,その経営上の措置をとった時点において,取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったか,あるいは,その意思決定の過程,内容が企業経営者として特に不合理,不適切なものであったことを要するものと解するのが相当である。
  そして,会社がする政治資金の寄附も事業活動の一環としてなされるもので取締役に広い裁量が与えられており,会社の資産状況及び収益状況等諸般の事情を考慮し,合理的な範囲において政治資金の寄附を行うことができるものと解するのが相当である。
  被告らは,株主全体の利益の観点から,熊谷組が自由かつ安定的に建設業等を遂行していく上で,社会・経済の安定は不可欠の基盤であり,とりわけ自由主義経済体制の維持・発展はその重要な要素であると考え,そのような政策の策定・実施を担っているのはE党だと判断して本件政治資金の寄附を行ったものである。加えて,会社が特定の政党あるいは政治資金規正法上の政治資金団体に対して政治資金の寄附を行うことは株主の政治的信条の自由を侵害するものではなく,政治資金規正法は会社が政治資金の寄附を行うことを前提とする条文を設けていることからすれば,会社が政治資金の寄附を行うことがその社会的役割を果たすことに通じるとの社会的な評価は失われていないものと解される。
  本件政治資金の寄附の当時,熊谷組は,資産,資本金,売上高等の状況や社会全般の寄附・献金の動向等を勘案した上で,D協会やE党から例年並みかつ政治資金規正法21条の3第2項に定める範囲内の政治資金の寄附の要請があった場合には,これに応じることとしていた。
  これを具体的にみても,建設業者のうち政治資金の寄附額上位20社のD協会への献金額と企業規模等を対比すると,熊谷組は,平成7年から平成11年度までの5年間において,政治資金の寄附額平均は第3位,売上高平均は第5位,資本金平均は第3位,純資産額平均は第5位,総資産額平均は第5位,従業員数平均は第5位である。そして,政治資金規正法21条の3第2項による熊谷組の寄附制限額は8700万円であり,熊谷組のD協会への政治資金の寄附額は,平成7年から平成12年までの間,約1300万円から約2800万円までの額であって,法定制限額の範囲内である。
  このように,本件政治資金の寄附当時の熊谷組の資産規模,資本金,売上高等からすれば,本件政治資金の寄附の金額は相当な範囲内であり,適法な制限額内である。
  以上から,被告らが本件政治資金の寄附を行うことを決裁するにあたり,その判断の前提事実の認識に重要かつ不注意な誤りはなく,また,その意思決定の過程,内容がとくに不合理,不適切なものであったともいえないのであり,本件政治資金の寄附を行うこととした経営判断に裁量の範囲を逸脱した点はない。従って,本件政治資金の寄附は取締役の善管注意義務に反しない。
6 被告Cに対する差止請求
 【原告の主張】
  大手ゼネコン業界は複合的で構造的な危機的状況にあり,工事受注のためには贈収賄・ヤミ献金・独禁法違反等コンプライアンスが守られない典型的な業界であるが,その中心に政治資金の寄附がある。政治資金の寄附を続けていけば企業の存続そのものが社会から厳しく批判される。よって,商法272条により被告Cに対し政治資金の寄附の差止めを求める。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件政治資金の寄附は公序良俗に反するか)について
 (1) 原告は,会社が政治資金を政党に寄附することは国民の選挙権を侵害するので公序良俗に反する旨主張する。すなわち,会社が政党に対して政治資金を寄附することは,会社がその経済力をもって政治に対し大きな影響力を及ぼすことになるから,選挙権の平等を阻害するほか,会社が政治資金を寄附した政党は,そうでない政党に比して資金力の差を生じさせるが,これは一方では,参政権を有する国民の政治的支持のありようと一致せず,政治的討論過程に不当に介入するものであり,他方では,資金力を増大させた政党が公職選挙において国民の総意以上に得票率を上昇させるものであり,さらには,政治資金の寄附が,政党に対して会社に有利な政策決定をさせることにもなって,選挙権の侵害となるという。
 (2) そこで,検討するに,政党ないし政治団体はその政治上の主義もしくは施策の推進,特定の公職の候補者の推薦等のために広範囲な政治活動をすることを当然に予定しているから,政治資金の寄附は寄附をする者の選挙権の行使と密接な関わりを有するものである。すなわち,一般に,国民が政治資金を寄附するのは,その対象となる政党ないし政治団体の政治上の主義,施策ないし活動等に賛同し,自ら出捐してその活動を支援する意思を表明することにほかならないから,政治資金の寄附は,政治的表現の自由の一種として,参政権を享受する国民に広く保障されていると解される。このように,政治資金の寄附が国民の政治的意思の表明として保障されている以上,個々の国民がその経済力に応じて政治資金を寄附する結果,政党に対する影響力に差異が生じる(それが寄附の額に比例すると仮定して)としても,それは寄附の制度上当然に許容されているもので,これをもって参政権の平等を害するといえないことはいうまでもない。個々の国民は,自ら判断して支持政党を決することができ,かつ,公職選挙における選挙権の平等が絶対的に保障されており,選挙権を行使することで等しく政党あるいは政治に対して直接的な影響力を行使することができるから,その意味では政治資金の寄附は政党あるいは政治に対して間接的な影響力を有するに過ぎない。従って,個々の国民間においては政治資金の寄附が選挙権の平等を阻害することは通常は考えられないことである。

 これに比し,会社が政党に対して政治資金を寄附することは,会社が有する経済力が個々の国民を圧倒的に凌駕するのみでなく,同一産業界の会社が産業団体を結成して政治資金を寄附するときは,その影響力は個々の会社をもはるかに超えると考えられるから,それが政党に及ぼす影響力は個々の国民による政治資金の寄附に比してはるかに甚大である。政党の政策が会社あるいは産業団体からの政治資金の寄附によって左右されるとすれば,政党の政治上の主義,施策を選挙において訴え,選挙における国民の選択によってその活動に信任を得るという選挙制度の意義を否定し,その根幹をも揺るがすことになりかねず,政党政治そのものへの批判にも結びつくこととなる。従って,会社あるいは産業団体による政治資金の寄附の規模如何によっては,国民の有する選挙権ないし参政権を実質的に侵害するおそれがあることは否定できない。のみならず,会社あるいは産業団体の政治資金の寄附が特定の政党ないし政治団体にのみ集中するときは,当該政党のみが資金力を増大させて政治活動を強化することができ,ひいては国の政策にも決定的な影響力を及ぼすこととなって,過去に幾度となく繰り返された政界と産業界との不正常な癒着を招く温床ともなりかねない。
 そのため,会社あるいは産業団体による政治資金の寄附は謙抑的でなければならず,それは実質的に国民の選挙権ないし参政権を侵害することのない限度に止まるべきである。
 しかし,会社による政治資金の寄附を具体的にどの限度で許容するかは,その内容が憲法の趣旨に反しない限り,第一次的には立法に委ねられているところである。

(3) そこで,次に,政治資金の規正に関する立法過程を検討する。

(ア) 政治資金規正法は昭和23年7月29日に制定されたが,その後数次の改正を経て,平成13年6月8日法律第40号による改正が最新の改正である。
(イ) 政治資金規正法は,昭和50年7月15日法律第64号により,以下の点などについて改正された。すなわち,(1)目的条項について,「政治資金の収支の公開」「政治資金の授受の規正」等を規制対象とする旨具体的に示し,(2)基本理念を2条により明らかにし,(3)政治資金の寄附について,会社あるいは労働組合の規模に応じ,政治資金の寄附をなしうる総額を法定し,欠損を生じている会社の政治資金の寄附を規制し,(4)政党及び政治団体の政治資金について,収入,支出の両面において詳しい情報の開示を義務づけた。
  なお,昭和36年の第1次選挙制度審議会では,「会社,労働組合その他の団体が選挙又は政治活動に関し寄附することは禁止すべきものである。但しその実施時期については引き続き検討する。」との答申が,昭和37年の第2次選挙制度審議会では,「選挙資金及び政治資金についての寄附は,個人に限る。会社,労働組合その他の団体からの寄附は禁止するという第一次審議会の答申を再確認するものとする。」との答申が,昭和42年の第5次選挙制度審議会では,「政党の政治資金は個人献金と党費により賄われることが本来の姿である」との答申がそれぞれなされている(甲20)。
(ウ) 昭和55年12月8日法律第107号は,いわゆるロッキード事件を契機として,政治家個人の政治資金を政治団体に取り扱わせ,その収支報告を通して政治家個人の政治資金に対しても公開の趣旨を及ぼすために政治資金規正法を改正したものであった。
(エ) いわゆるリクルート事件を契機に,政治資金の調達に関する議論が行われ,その一環として,第8次選挙制度審議会は,「政治資金の調達は政党を中心とし,団体の寄附は政党に対するものに限ることが適当である,ただし,政党以外の者に対する団体の寄附の取扱いについては適切な経過措置を定める必要がある。政党への公的助成を行うことが適当である。」との答申をした。この答申に基づいて,平成6年2月4日法律第4号により政治資金規正法が改正され,併せて政党への公的助成を定めた政党助成法(平成6年2月4日法律第5号)が制定された。
  平成6年2月4日法律第4号(同年3月11日法律第12号による改正後のもの)は,(1)会社等の団体は,政党及び政党が指定した政治資金団体並びに公職の候補者が指定した資金管理団体以外の者に対しては,政治活動に関する寄附をしてはならない,(2)会社等の団体は資金管理団体に対して年間50万円を超えて寄附をしてはならない,(3)会社等の団体が資金管理団体に対してする寄附については,改正法の施行後5年を経過した場合において,禁止する措置を講ずるものとする(附則9条),(4)改正法の施行後5年を経過した場合においては,政治資金の個人による拠出の状況を踏まえ,会社等の団体が政党及び政治資金団体に対してする寄附のあり方について見直しを行う(附則10条),というものであった。
(オ) 平成11年に,上記附則9条及び附則10条の趣旨に則り,政治資金制度について検討が行われた。当初,E党政治改革本部は,法人などの団体の社会的存在としての重要性を指摘して団体が政治に参加することの意義の重要性に言及し,団体寄附を否定する論拠は乏しいとして,附則9条及び附則10条を削除する方針を決定したが,その後,政府は,会社等の団体が資金管理団体に対してする寄附を禁止するとともに附則10条を削除する法律案を提出した。しかし,同法律案はその後の政治状況において成立が困難となり,結局,同年12月20日,会社等の団体が資金管理団体に対してする寄附を禁止し,附則9条を削除した法律案が可決された。

 (4) 以上のような法の改正経過によれば,立法機関においても,相当早い時期から会社等の団体による政治資金の寄附が政治の腐敗を招くおそれのあるものとして位置付けられていたことが優に認められる。しかし,法は,数次の改正によって会社等の団体による政治資金の寄附を制限し,これに関する情報を開示することに努めてはいるが,いまだこれを禁圧するには至っていない。上記改正経過によれば,法は,会社等の団体が政治家個人に対してする政治資金の寄附が癒着の温床となりうる危険に着目し,これを反社会的なものとして禁止する一方,政党を中心とした政治活動がなされるよう推進するために,会社等の団体が政党ないし政治資金団体に対して政治資金を寄附することをすべて反社会的なものとまではみなしていないことも明らかである。
   してみると,現時点でこれを直ちに公序良俗に反するとまではいえない。
 (5) さらに,原告は,会社がある特定の政党に対して政治資金の寄附をすることは,株主の政治的意思を無視することになる旨主張する。しかし,会社は強制加入団体ではなく,株主が株式を譲渡して構成員から離脱することは全くの自由であるし,会社が政治資金を寄附することと株主個人が特定の政治的意見を表明することとを同視することはできないから,会社が政治資金を寄附することは,株主の思想・信条の自由を害するものとはいえない。
   原告の主張は採用できない。
2 争点2(本件政治資金の寄附が定款の目的の範囲内にあるか)について
 (1) 会社は定款の目的の範囲内において権利を有し義務を負うが,会社における目的の範囲内の行為とは,定款に明示された目的自体に限局されるものではなく,その目的を達成する上に直接または間接に必要な行為であればすべてこれに包含されるところ,一定の行為が会社の目的を達成するために必要であるか否かは,行為の客観的な性質に即して抽象的に判断すべきである。

 政治資金の寄附は,一般の社会貢献活動とは性格を異にするとはいえ,上記のとおり,政治資金規正法が会社による政治資金の寄附を一定限度で許容している以上,寄附に関する具体的な定めが定款にないとしても,それは定款の目的達成に関連する行為として会社の目的の範囲内に含まれるものと解される。

 (2) 原告は,特定の政党に対してなされる政治資金の寄附は,政党政治を発展させるという一般的・公益的価値を有するものではないと主張するが,本来政治資金の寄附は,個人がその支持する政党に対して自らの資産をもってこれを支援するという性質のものであるから,政治資金の寄附が特定の政党に対してなされること自体はむしろ当然であり,この故をもって政党に対する政治資金の寄附が会社の目的の範囲外であるということはできない。原告の主張は採用できない。
3 争点3(本件政治資金の寄附が公職選挙法に違反するか)について
 (1) 公職選挙法199条1項は,国政選挙において国と,地方公共団体における選挙において当該地方公共団体と,請負等契約の当事者である者は当該選挙に関して寄附をしてはならないと規定しているところ,「選挙に関し」とは,選挙に際し,選挙に関する事項を動機とすることをいい,@特定の選挙について,その公示又は告示がなされた後,あるいは,一定の公職の任期満了又は議会の解散などに基づく選挙の実施が見込まれるという時間的関係においてなされ,また,Aその特定の選挙において,寄附した政治資金を選挙費用に供する等の目的をもってなされた寄附であることを要すると解される。
 (2) これを本件についてみると,上記前提事実(四)(六)のとおり,本件政治資金の寄附の中には,特定の選挙に時間的に近接してなされたものがあるが,他方,熊谷組は定期的に反復継続して政治資金の寄附を実施していること,特定の選挙と近接した時間的関係にないものも少なからず存在していることからすると,本件政治資金の寄附は全体として特定の選挙の有無にかかわらず実施されたものと推認することができ,特定の選挙に近接した寄附についても,当該選挙に関する目的をもってなされたと認めるに足りる証拠はないことからすると,本件政治資金の寄附は,いずれも選挙に関しなされたものとまでは認められない。
 (3) 原告は,全ての政党が選挙における多数の獲得を目指して活動を行っているから,政党への寄附は,当該政党が選挙において多数を獲得することを願ってなされ,政党に対する寄附が選挙を離れてなされることは論理上あり得ないと主張するが,公職選挙法の当該条項の解釈は以上のとおりであって,原告は独自の見解を主張するものである。また,原告は,本件政治資金の寄附によりD協会に交付された金員がE党に寄附され,E党がその有する資金の一部を選挙活動費ないし組織活動費等として支出していることからすると,本件政治資金の寄附による資金は選挙に関する支出に供されうるとして,本件政治資金の寄附が選挙に関する旨主張するが,公職選挙法は,特定の選挙に関しての寄附を禁ずるに過ぎず,寄附にかかる資金が結果的に選挙のために支出されるか否かを問題とするものではないから,原告の主張のごとく解することはできない。結局,原告の主張は採用できない。
4 争点4(本件政治資金の寄附が政治資金規正法に違反するか)について

政治資金規正法22条の4は,「三事業年度以上にわたり継続して政令で定める欠損を生じている会社は,当該欠損がうめられるまでの間,政治活動に関する寄附をしてはならない。」と定め,同法施行令9条において,「欠損」とは「会社の確定した決算における貸借対照表に記載された欠損金とする。」と規定しているところ,熊谷組における「会社の確定した決算における貸借対照表」とは,取締役会の承認があり,会計監査人が適法と認め,かつ,監査役会で相当でないとされたものでない貸借対照表をいう(商法特例法13条,16条)。従って,貸借対照表が粉飾その他により虚偽の内容であるなど特別の事情のない限り,欠損の有無は監査において相当とされた貸借対照表により判定すべきである。
 熊谷組は,確定した決算における貸借対照表によれば,平成10年3月決算期(第61期)と平成13年3月決算期(第64期)において欠損を生じているが,3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じたとは認められない(甲12の1ないし7)。そして,甲14(意見書)によっても,同貸借対照表の内容が粉飾その他により虚偽であるとまでは認められず,他にそれを認めるべき証拠もない。
 原告は,貸借対照表の実態の数字を見て,欠損状況が3事業年度継続して生じていれば法に反すると解すべきである旨主張するが,政治資金規正法はあくまで確定した貸借対照表に記載された欠損を基準としているのであって,原告の主張は独自の見解といわざるを得ない。

5 争点5(本件政治資金の寄附の実施が取締役の善管注意義務に反するか)について
 (1) 会社が政治資金の寄附を行うか否かの判断は,一般には,その必要性・有用性,定款所定の目的との関連性,会社の規模及び経済状況,寄附の規模・内容等の諸般の事情を総合的に考慮してすべき政策的な判断であるから,取締役に一定程度の裁量があると解される。この点において,その裁量は,通常の業務執行上の判断に類似する。
   通常の業務執行においては,会社財産の増加を目指して業務拡大や新規業務の開拓を企図するため,その業務による利益獲得の予測と損失発生の危険の予測とを相関的に判断することが要求され,そのために将来予測に関する基礎的事実(前提事実)を十分かつ的確に調査し,その結果に基づき,会社が属する業界における通常の経営者が有すべき知見・経験を基準として,総合的かつ合理的な判断をすることが要請される。そこにはかなり幅のある裁量が許されるのであって,取締役のした裁量が合理的な範囲に止まる限り,当該業務執行により結果的に会社に損害が生じたとしても,取締役に善管注意義務違反があったということはできない。

これに較べ,政治資金の寄附は,対価を伴わない寄附の性質上,直接に会社の営利の目的に資することはない(間接に営利の目的に資するか否かも不透明である。)。のみならず,被告らが主張する自由主義的経済体制の維持ないし発展についても,現在の政治状況においては自由主義的経済体制を採用するとの点で主要な政党が一致しているから,政治資金の寄附が自由主義経済体制の維持ないし発展に結びつくとも認められない。そうすると,結局,会社の利益獲得に対する効果は極めて間接的で希薄なものに過ぎず,会社にとって政治資金を寄附する高度の必要性・有用性があるとは通常は考えられない(仮に政治資金の寄附が政党政治の発展に資する面があるとしても,会社の営利の目的に対する効果の点では同様であるし,他に利益獲得に関わる具体的な効果や寄附の必要性があるのであれば,会社において立証すべきである。)。
また,政治資金の寄附の相手方は政党その他の政治団体であるから,一般の社会貢献活動への寄附とは異なり,社会への貢献,会社の社会的責任の遂行とも係わりがなく,会社に対する社会の評価を直接・間接に維持し高める効果も有しない。従って,政治資金の寄附は,通常,会社の定款所定の目的の実現とも関連性は希薄である。
そのため,取締役が政治資金を寄附するか否かを判断するにあたっては,通常の業務執行におけるように将来の利益予測と損失の危険予測とを相関的に判断する必要はなく,判断の対象は,会社の経営状況を踏まえて,寄附するか否か,するとして寄附の額,時期,寄附の相手方等の事柄に止まると考えられる。
 そして,政治資金規正法は,会社がする政治資金の寄附について,(ア)1年間にすることができる寄附の上限を資本金の多寡に応じて制限している上,(イ)国や地方公共団体から補助金等の給付金を受けた会社については一定期間政治資金の寄附を禁止し,国や地方公共団体から資本金等の全部又は一部の出資又は拠出を受けている会社については政治資金の寄附を禁止し(22条の3),(ウ)3事業年度以上にわたり継続して政令で定める欠損を生じている会社は,当該欠損がうめられるまでの間,政治資金の寄附をしてはならない(22条の4)と定めているのであって,政治資金の寄附をしうるか否かの基準を会社の資金・経理状況の如何にかからせている。その趣旨は,公的資金の援助を受けている会社は,事業資金中に占める公的資金の割合が一部であっても,その会社は純然たる私企業ということはできず公的性格を帯びるから,他の会社と同等の政治活動は制限しようとするものであり,また,欠損が継続する会社は,可及的速やかに欠損の解消に努めることが優先課題であるにもかかわらず,政治資金の寄附は無償の出捐で欠損の解消には最も寄与しない行為であるし,会社が営利を目的とする企業体である以上,赤字会社として株主に配当もできない経営状態にありながら政治資金の寄附をすることを許すのは適当でないとの配慮から,欠損が継続する期間一律に政治資金の寄附を禁止しようとするものに他ならない。とくに,3事業年度の継続した欠損という法の禁止要件に違反した会社の役職員に対しては刑罰をもって臨んでいるのであって(同法26条の3第1号),このような法の趣旨に照らせば,少なくとも会社に欠損が生じて以後の政治資金の寄附に関しては,3事業年度の継続という法の禁止要件に該当しないときであっても,会社においてその可否・範囲・数額・時期等につき厳格な審査を行い,欠損の解消にどの程度の影響があるか,株主への配当に優先して寄附を行う必要性があるかを慎重に判断することが求められるといわなければならない。寄附額が法の定める上限に達しない限り,そのような判断を経ることなく寄附することが許されると解すべきではない。

  (2) これを本件についてみるに,

@ 熊谷組は平成10年3月期及び平成13年3月期にそれぞれ特別損失を計上して欠損を生じているが,その内容をみると,平成10年3月期における特別損失の内容は,1536億円の海外事業整理損,647億円の貸倒引当金繰入など計2426億円に及んで488億円の欠損を生じ,平成13年3月期における特別損失の内容は,1859億円の貸倒引当金繰入,1500億円の関係会社評価損,933億円の投資有価証券償却損など5771億円に及んで1202億円の欠損を生じていることは前提事実(八)のとおりである。
  加えて,証拠(甲12の5・7,甲13,甲14,甲15)によれば,以下の事実が認められる。
 (ア) 熊谷組は,平成9年3月期までは株主配当を実施していた。平成10 年3月期には上記のとおり欠損を計上したが,同月末日の時点で資本準備金及び利益準備金が合計して1016億円あり,これを繰り入れたため,平成11年3月期には欠損が生じなかった。
 (イ) 熊谷組は,平成10年3月期に海外開発事業及び国内固定化債権を一括処理して経営改善を目指したが,その後の金融システム不安等に端を発した急激な経済環境の悪化により,経営環境は変化し,受注競争の激化,地価の下落等の影響で経営改善計画の実施が困難となった上,平成13年3月期からの時価会計及び会計基準の変更もあって,不良資産を一括処理することで財務体質を抜本的に改善する必要があるとの認識に至り,平成12年9月に新経営革新計画を策定した。
 (ウ) 新経営革新計画の内容は,自主再建計画を断念し,資本の無償減資と金融機関からの債務免除を柱として,具体的には,事業構造の面では建築事業の規模縮小・不動産事業の縮小・新規事業の凍結等を,経営体質の面では役員報酬の削減・人員削減・給与水準の引下げ等を,財務体質の面では減資と債務免除を行うというもので,同計画に従ってい,金融機関12行に総額4500億円の債権放棄を申し入れた。そして,平成12年12月に金融機関12行から総額4300億円の債権放棄を受け,平成13年1月の臨時株主総会の決議に基づいて,約820億円の資本を約170億円に無償減資した。
 (エ) 熊谷組は,平成13年3月期において,債務免除による特別利益として4300億円を計上し,結局,平成13年3月期においては1202億円の未処理損失が計上された。他方,平成13年3月期に資本準備金に686億円を新たに組み入れ,合計1204億円を計上した。
A 以上認定の事実によれば,熊谷組の経営状況については以下のようにいうことができる。すなわち,熊谷組は,平成9年3月期までは株主配当を実施しながら,平成10年3月期に2400億円余の損失を一括処理して488億円の欠損を生じているが,これは多年の累積損失が経営を圧迫し,経営再建計画実現の目途がつかなくなったことを示すもので,以後の株主配当が実施できなくなり,資本準備金の過半を取り崩さざるを得ない事態に至っていた。平成11年3月期の決算においては,資本準備金の取崩しによって欠損は解消されたが,平成12年9月には新経営革新計画を策定して,事業の縮小・人員の削減・給与の引下げの他,金融機関からの債務免除や減資をも実施しなければならない状況に至っていたから,引き続き経営状況は逼迫し,取締役においてもそのまま推移すればさらに欠損を生じるべき確定的認識が得られていたものと推認される。
  そうすると,熊谷組においては,少なくとも平成10年3月期以後は,政治資金の寄附にあたり,会社の経営状況と寄附の必要性ないし有用性とを厳格に対比して検討し,その可否・数額・時期等を慎重に判断すべき注意義務があったというべきである。

  (3) そこで,本件政治資金の寄附の実施経過をみると,乙6,証人Fの証言によれば,以下の事実が認められる。

  (4) (3)で認定した事実によれば,熊谷組においては,本件政治資金の寄附の実施にあたり,政治資金規正法や公職選挙法に定める要件に抵触するか否かの検討はしているものの,会社の具体的な経営状況を踏まえて寄附を実施すべきか否かについて検討した形跡はなく,寄附の額や時期についても要請があった額や時期をそのまま応諾して拠出を決定しており,本件政治資金の寄附の使途や政治情勢に照らしてその必要性ないし有用性を検討した形跡も伺うことができない(本件政治資金の寄附の目的として被告らが主張する自由主義経済の維持ないし発展は,それ自体本件政治資金の寄附の合理的理由とはなり得ないことは前述のとおりである。)。
    従って,平成10年4月1日以後の本件政治資金の寄附については,会社においてその可否・範囲・数額・時期等につき厳格な審査を行い,欠損の解消にどの程度の影響があるか,株主への配当に優先して寄附を行う必要性があるかを慎重に判断することなく実施したもので,その判断過程はずさんであって取締役の裁量を逸脱したものといわざるを得ず,善管注意義務違反の行為というべきである。

他方,被告Bについては,善管注意義務違反の行為があったと認めるに足りる証拠はない。
(5) 熊谷組の損害
  前提事実(四)のとおり,平成10年4月以降熊谷組が政治資金の寄附をした額は,平成11年が計1632万5000円,平成12年が計1229万円であるところ,同額の寄附が上記認定の経営状況にもかかわらず必要ないし有用であり相当であったことについての主張立証はないから,これをもって会社の損害と認めるのが相当である。
  してみると,被告Aは,同寄附につき最終決裁をした代表取締役として,熊谷組に対し,同額(2861万5000円)及び内金1632万5000円に対する訴状送達の日の翌日(平成13年7月5日)から,内金1229万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成13年11月1日)から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

 6 被告Cの責任

原告が被告Cに対し商法272条に基づき差止めを求める行為は包括的,一般的であり,差止めの理由とするところも,極めて一般的で具体性に欠けるものである。
 原告主張の理由は商法272条所定の差止めの要件に該当するとは認められず,被告Cに対する差止請求は理由がない。

第5 結論
 以上の次第で,原告の被告Aに対する請求は一部理由があるから主文第1項の限度でこれを認容し,被告B及び被告Cに対する請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用について民訴法61条,64条,65条を適用し,仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
    福井地方裁判所民事第2部
        
         裁判長裁判官   小  原  卓  雄

            裁判官   酒  井  康  夫

            裁判官     松  晃  司


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