平成15年(ネ)第63号 熊谷組株主代表訴訟控訴事件
第一審原告     
第一審被告  熊谷太一郎 外2名

                 控  訴  理  由  書 (1)

     ─── 取締役の善管注意義務違反、公選法199条違反 ──          
     
                                    
                                            2003(平成15)年5月6日
名古屋高等裁判所金沢支部
    民事第1部A係  御 中              

               第一審原告訴訟代理人
                 弁護士(代表) 松   丸     正
                                                                      外

第1章 取締役の善管注意義務違反 
第1 原判決の認定した注意義務論
 1 政治献金の特質とその裁量性
  会社が政治資金の寄附を行うか否かの判断は,一般には,その必要性・有用性,定款所定の目的との関連性,
会社の規模及び経済状況,寄附の規模・内容等の諸般の事情を総合的に考慮してすべき政策的な判断であるから
,取締役に一定程度の裁量があると解される。この点において,その裁量は,通常の業務執行上の判断に類似す
る。
 通常の業務執行においては,会社財産の増加を目指して業務拡大や新規業務の開拓を企図するため,その業務
による利益獲得の予測と損失発生の危険の予測とを相関的に判断することが要求され,そのために将来予測に関
する基礎的事実(前提事実)を十分かつ的確に調査し,その結果に基づき,会社が属する業界における通常の経
営者が有すべき知見・経験を基準として,総合的かつ合理的な判断をすることが要請される。そこにはかなり幅
のある裁量が許されるのであって,取締役のした裁量が合理的な範囲に止まる限り,当該業務執行により結果的
に会社に損害が生じたとしても,取締役に善管注意義務違反があったということはできない。 
 これに較べ,政治資金の寄附は,対価を伴わない寄附の性質上,直接に会社の営利の目的に資することはない
(間接に営利の目的に資するか否かも不透明である)。のみならず,被告らが主張する自由主義的経済体制の維
持ないし発展についても,現在の政治状況においては自由主義的経済体制を採用するとの点で主要な政党が一致
しているから,政治資金の寄附が自由主義経済体制の維持ないし発展に結びつくとも認められない。そうすると,
結局,会社の利益獲得に対する効果は極めて間接的で希薄なものに過ぎず,会社にとって政治資金を寄附する高
度の必要性・有用性があるとは通常は考えられない(仮に政治資金の寄附が政党政治の発展に資する面があると
しても,会社の営利の目的に対する効果の点では同様であるし,他に利益獲得に関わる具体的な効果や寄附の必
要性があるのであれば,会社において立証すべきである)。
 また,政治資金の寄附の相手方は政党その他の政治団体であるから,一般の社会貢献活動への寄附とは異なり,
社会への貢献,会社の社会的責任の遂行とも係わりがなく,会社に対する社会の評価を直接・間接に維持し高め
る効果も有しない。従って,政治資金の寄附は,通常,会社の定款所定の目的の実現とも関連性は希薄である。

  2 政治献金の弊害について
「会社が政党に対して政治資金を寄附することは,会社が有する経済力が個々の国民を圧倒的に凌駕するのみで
なく,同一産業界の会社が産業団体を結成して政治資金を寄附するときは,その影響力は個々の会社をもはるか
に超えると考えられるから,それが政党に及ぼす影響力は個々の国民による政治資金の寄附に比してはるかに甚
大である。政党の政策が会社あるいは産業団体からの政治資金の寄附によって左右されるとすれば,政党の政治
上の主義,施策を選挙において訴え,選挙における国民の選択によってその活動に信任を得るという選挙制度の
意義を否定し,その根幹をも揺るがすことになりかねず,政党政治そのものへの批判にも結びつくこととなる。
従って,会社あるいは産業団体による政治資金の寄附の規模如何によっては,国民の有する選挙権ないし参政権
を実質的に侵害するおそれがあることは否定できない。のみならず,会社あるいは産業団体の政治資金の寄附が
特定の政党ないし政治団体にのみ集中するときは,当該政党のみが資金力を増大させて政治活動を強化すること
ができ,ひいては国の政策にも決定的な影響力を及ぼすこととなって,過去に幾度となく繰り返された政界と産
業界との不正常な癒着を招く温床ともなりかねない。
 そのため,会社あるいは産業団体による政治資金の寄附は謙抑的でなければならず,それは実質的に国民の選
挙権ないし参政権を侵害することのない限度に止まるべきである。」

 3  原判決は以上の政治献金の特質に着目した点は正しい。
   しかし、そのような政治献金の特質がある以上、その寄附判断にあたってもその特質を取締役の注意義務
違反事由の考慮事情に入れるべきであるのに、原判決は、「会社の経営状況」についてのみ考慮し、この点につ
いて全く考慮しなかった点に問題がある。
   「そのため,取締役が政治資金を寄附するか否かを判断するにあたっては,通常の業務執行におけるよう
に将来の利益予測と損失の危険予測とを相関的に判断する必要はなく,判断の対象は,会社の経営状況を踏まえ
て,寄附するか否か,するとして寄附の額,時期,寄附の相手方等の事柄に止まると考えられる。」とした。

第2 熊谷組の献金する理由とその手続
 1  自由かつ安定的に建設業等を遂行していく上で、社会・経済の安定は不可欠の基盤であり、とりわけ自由
主義経済体制の維持・発展はその重要な要素である。被告らは、自由民主党がそのような政策の策定・実施を担
っていると判断し、その政治資金団体である国民政治協会に対する政治献金を行ったものである。このような政
治献金は、民主政治の健全な発達にも資するものであり、政治資金規正法の目的(1条)および基本理念(2条)
にも適っている。「建設業を遂行していく上において、自由主義経済体制の維持・発展は重要な要素である。自
由民主党がそのような政策の策定・実施を担っているのであるから同党の資金団体(国民政治協会)に献金して
いる」(乙6号証)

 2 熊谷組の献金手続
   (1)  日建連の中の「十日会」から「これくらいの金額がどうでしょうかと、いわゆるガイドラインが示さ
れる」(藤島調書 7頁)。それを会社の総務部を通じて秘書部に要請がある。
秘書部では、
イ.選挙にかかる寄附ではないか。
ロ.政治資金規正法上の枠内かどうか。
ハ.例年の寄附金額とほぼ同額、あるいはその範囲内に納まっているかどうかチェックし、(同 3頁)副社長
の承認を受け、社長が決裁をすることになっている。
   (2)  献金の審査の実態
 この秘書部では、2〜3人が上記基準をチェックするが、そうでない以上、
イ.「国民政治協会からの要請について、総務部から要請があり、それを秘書部の判断で金額を変えることはな
い。」(9丁)
ロ.「国民政治協会の寄付要請を秘書部で拒否したこともない」(15頁)
ハ.そして献金を断ったら、何か不利益があるんじゃないかということについても、「そういう議論をしません。
」(17頁)
 ニ.逆に、献金をしたら「熊谷組の利益に直接関係がない」(18頁)
 ホ.献金の使い道についても「調査をしていない」(18,22頁)
 ヘ.株主の意向についても「調査したことがない」(19頁)
 ト.献金していることを株主に公開していない(19頁)
 チ.熊谷組の方から自民党に「積極的に献金したものではなく」「寄附の要請があってはじめて献金をする」
ことになっている(22頁)。
 リ.献金したことによって「自由主義体制が維持発展したかどうか調査しましたかの問いにも「調査してい
ない」(22頁)
  ヌ.無理だから献金するかどうか議論したかどうかという質問に、「そういう議論があったかどうかは記憶
がない」(29頁)
   藤島証人以前の時も、献金に際して、無理だから云々ということを議論したとことについて積極的な主
張も立証もない。
   (3)  以上のとおり、本件政治献金の実態は、日建連の要求があった金額を何の審査もしないで献金し続
けていることを示している。即ち、秘書部では上記三基準は、チェックするが、それ以外の審査基準について
は、全く考慮・検討していないことを示している。また、日建連の示すガイドラインと称する金額についても、
何ら変更・修正を一切加えていない。最も熊谷組にとって、その年度に日建連の示された金額を寄附すること
が、
    イ.会社の為にどのように具体的に貢献するのか。
    ロ.株主にとって最大の課題である無配状況で献金することの是か否かということ。
    ハ.会社の献金目的である「自由主義体制の維持発展にとってどのように貢献したのか」ということ
についても具体的に検討・考慮していない実態を示している。これは、熊谷組が日建連の十日会の言われるま
まに、献金をしているのであって、熊谷組にとってどのように貢献するか全く考慮していない事実を示している。

第3 熊谷組の献金理由の不存在
      取締役が一定の無償の寄附をする以上、その寄附についてそれ相当の理由がなければならない。たとえ
社会貢献活動であっても、寄附するにそれ相当の理由がない以上、その寄附は取締役に課された裁量性を逸脱
していることになる。政治献金の場合も同様である。この点、原判決は、「被告らが主張する自由主義的経済
体制の維持ないし発展についても,現在の政治状況においては自由主義的経済体制を採用するとの点で主要な
政党が一致しているから,政治資金の寄附が自由主義経済体制の維持ないし発展に結びつくとも認められない
。そうすると,結局,会社の利益獲得に対する効果は極めて間接的で希薄なものに過ぎず,会社にとって政治
資金を寄附する高度の必要性・有用性があるとは通常は考えられない(仮に政治資金の寄附が政党政治の発展
に資する面があるとしても,会社の営利の目的に対する効果の点では同様であるし,他に利益獲得に関わる具
体的な効果や寄附の必要性があるのであれば,会社において立証すべきである。」として、熊谷組の政治献金
の理由を否定した。そうであるなら、そもそも熊谷組の本件政治献金の理由は不存在であるから、1996年
度から2000年の間の政治献金そのものを否定すべきであった。
 ちなみに、この間の国政選挙においては、自由主義経済体制を守るかどうかということは全く争点となって
いない(熊谷組の献金理由は時代錯誤である)。
1995年(平成7年)7月の参院選は、連立の枠組みをどうするかであった(甲27号証の1)。又、各政
党の政策も体制の問題は一切議論となっていない(甲30号証)。1996年(平成8年)10月の衆院選は
やはり同様であった(甲27号証の2)。1998年(平成10年)6月の参院選も同様であった(甲27号
証の3)。およそ被告らが主張するような自由主義経済体制の存続かどうかとうことが微塵も争点になってい
ない。現実の政党間の選挙において、熊谷組のような主張は全くの時代錯誤である。このような時代錯誤の献
金理由に基づく本件献金は、取締役の裁量性を大幅に逸脱したものであった。この点、原判決は何の考慮も行
わなかった。

第4 本件政治献金に合理的理由がないのみならず弊害をもたらす側面を有している点を原判決は看過した。
  1 大手ゼネコン業界の献金
   (1) 熊谷組の献金プロセスは、日本建設業連盟(日建連)の中の十日会からガイドラインと称する金額の
要請があり、これに熊谷組が応じて業界団体が統一的、組織的に自民党に献金をしていることに特質がある(
藤島幸雄調書)。
日建連が統一的に1995年(平成7年)から2000年(平成12年)までの間に国民政治協会を通じて自
民党に献金した金額は、ほぼ別紙添付のとおりとなり、その合計は以下のとおりである(甲16号証)。
 1995年(平成7年)  418,653,000円
 1996年(平成8年)   634,245,000円
 1997年(平成9年)    570,820,000円
 1998年(平成10年)    581,266,000円
 1999年(平成11年)    486,438,000円
      2000年(平成12年)    427,240,000円               
         合  計          3,118,662,000円
   (2) 日建連は、建設業界を代表する団体であり、建設業に関係する様々な課題に取り組む団体である(甲
17号証)。
 1999年10月20日の政府への要求書を見ると、「10兆円を大きく上回る第二次補正予算の早期編成
等」等の極めて政治・経済に密接する要求や、又、建設業界にとって必要な諸要求を提出している(甲18号
証)。2001年7月の提案を見ると、建設業界に有利な規制緩和要求や税制要求、更には各地域の都市再建
まで要求している(甲19号証)。まさに、日建連はゼネコン業界の利益代弁者である。その団体が政権党に
巨額の献金をしているのである。

 2 原判決は、上記のごとき業界あげての献金の弊害を次のとおり指摘している。
      「政治献金について、その影響力は個々の会社をもはるかに超えると考えられるから,それが政党に及
ぼす影響力は個々の国民による政治資金の寄附に比してはるかに甚大である。政党の政策が会社あるいは産業
団体からの政治資金の寄附によって左右されるとすれば,政党の政治上の主義,施策を選挙において訴え,選
挙における国民の選択によってその活動に信任を得るという選挙制度の意義を否定し,その根幹をも揺るがす
ことになりかねず,政党政治そのものへの批判にも結びつくこととなる。従って,会社あるいは産業団体によ
る政治資金の寄附の規模如何によっては,国民の有する選挙権ないし参政権を実質的に侵害するおそれがある
ことは否定できない。のみならず,会社あるいは産業団体の政治資金の寄附が特定の政党ないし政治団体にの
み集中するときは,当該政党のみが資金力を増大させて政治活動を強化することができ,ひいては国の政策に
も決定的な影響力を及ぼすこととなって,過去に幾度となく繰り返された政界と産業界との不正常な癒着を招
く温床ともなりかねない。」。

 3 政権政党への献金は結局のところ、政府の政策にゼネコン業界への見返りを期待しての献金である。こ
れが真実の理由であるのに、原判決はこの献金の弊害を考慮しなかった。
    日建連は建設業に有利な要求を政府に統一的要求していることは前記に述べた。政府への自らの要求を
実現させるのは、政権党に対して要求し、その為に票とカネを交付することがある。政府の関係者にカネを交
付すれば賄賂だが、政府を支配する政権党に献金することは、我が国では刑罰上、違法ではない。しかし、実
態は政権党への巨額の献金は、見返りを期待しての「賄賂」である。日建連、即ちゼネコン大手企業の要求を
実現させるために、年間4〜6億円も献金し続けているのである(甲21号証)。これほどの巨額の献金を毎
年毎年受け続けている自民党は、建設業界に有利な政策を策定し、政府に実施するよう働きかけることになる。
これがゼネコン業界の真の献金理由である。

  4 仮に政治献金をするにしても、その政治献金の弊害についての検討をすべきであり、それをしない本件
支出は違法である。
  (1)  政治献金は直接その政党そのものを支え、競争政党に敵対する極めて排他的性格を有する支出である。
   イ.政党は政治上の主義もしくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対することを目的とする団体で
、かつ特定の公職の候補者を推薦し、支持し又はこれに反対することを目的とする政治団体(規正法3条1項)
のうち、国会議員等を有するもの(政治資金規正法3条2項)であると定められている。広辞苑によると「政
党とは共通の原理、政策を持ち、一定の政治理念実現の為に政治権力への参与を目的に結ばれた団体である」
とされている。この法律上ならびに政治学上の政党の各定義からみても抽象的一般的に議会制民主主義とか市
場主義という理念だけではなく、時々の政治上の主義や施策に賛成、反対等で対立、競争することを本質的に
有する団体である。
     その点では政党の存在そのものは極めて党派的であり、政治的であり、対立、競争する反対政党の
存在を前提としている(この対立、競争がなければ独自の政党として存立基盤がなくなり、その政党は合同す
るか、一方は消滅する本質を有している)。
   ロ.議会制民主主義とは政党が政権を掌握し、これを運営して動く政治システムであり、時々にはその
交替があることを前提としている。各政党は政権奪取を目的としており、それを目的としない政党はない。政
党が2つ以上存在するとすれば、それはお互いの政治上の主義や施策の違いで対立しているのであり、これが
政党の政党たるゆえんである。この一方の政党に献金することはその対立、競争関係に立つ、他方の政党に反
対することを直接意味する。
   ハ.政治献金は政党間の争いに積極的に参加し、他政党を相対的に劣位に置くという結果を必然的にも
たらしている。その点では政治献金は極めて排他的性格を有する。これが政治献金の持つ本質である。
  (2) 政治献金は特定の政党の政策・方針に賛成し、他方に反対するものである。
    1996年から2000年の政党間の対立、競争が行われた国政選挙でみると、時々の大きな選挙の
争点は次のとおりであった。
    イ.1996年(平成8年)10月には総選挙が実施された。消費税の5%導入についてこの選挙は争
われた。この選挙の前に熊谷組は献金している。このように消費税の導入に反対している時に自民党に寄附を
すれば、その政党の政策を応援し、寄附を受けない政党の政策に反対する結果をもたらす。公明党、社会民主
党、自由の会、共産党、新党さきがけ、民主党には献金がない。極めて政治献金は党派的であり、対立競争の
政治に介入するものである。ゼネコンの応援を受けた自民党は衆院で過半数に達した。
   ロ.1998年(平成10年)7月には参院選挙が実施された。
     この時の選挙の大きな争点は、1996年10月の選挙で衆院で過半数に達した自民党が参院でも
過半数を確保し、一党支配がよみがえるかどうかであった。しかし自民党は惨敗した。
     この選挙の直前に熊谷組は寄附をした。公明党、改革クラブ、新党さきがけ、社会民主党、共産党、
自由連合には寄附がない。このような選挙の時に、会社が献金していることは結局のところ、自民党の一党支
配の政策を結果的に応援することとなり、それと競争、反対関係に立つ政党の具体的政策に反対している役割
を持っている。本来、国民の民意により決すべき選挙に会社が介入していることになる。
      ハ.2000年の選挙も同様であり、結局のところ、自民党を強化し、寄附を受けない政党間の争いに
介入しているものである。

  5 取締役の注意義務違反
      取締役は無償の寄附をする以上、その寄附によってどのような弊害が生じるか考慮しなければならない
。しかし熊谷組は、上記のごとき業界として献金することの弊害を何ら考慮することなく献金した取締役の注
意義務違反が存在する。

第5 経営判断としても誤りである(取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがある)。
 1 経営判断原則の5原則
   仮に、政治献金の支出にこ被告の主張するような経営判断原則が適用されたとしても、本件の支出には
経営判断原則が適用されない。
   神戸大学近藤光男教授は「経営判断と取締役の責任」(122頁以下)において経営判断の5要件につい
て次のとおり述べている(甲26号証)。
  『その第一の要件としては、十分な情報を集めた上での経営判断であることが挙げられる。いくら取締役
の経営判断だからといっても、いい加減で杜撰になされた経営判断までもが、裁判所によって尊重されること
はないのである。そこで、取締役は経営判断を下すにあたって、十分な情報に基づくことが要請されるのであ
る。このことは、経営判断を行うにあたって必要な情報を集めなければならないことのみならず、取締役には
たえず必要な情報が入ることを確保すべく、そのためのシステムを設けておくことも要求される。すなわち、
たとえば、取締役が緊急な決定を下す場合においても、十分な情報を得ることが要求される。しかし、この場
合には、情報収集に限界があり、必ずしも十分な情報に基づく経営判断でなくとも、責任は問われないと考え
られる。但し、その場合においても、取締役はほとんど情報を集めなくてもよいということにはならない。通
常その会社ではどのような情報管理のシステムを構築していたかが問題となろう』。更に、同学者は35頁以
下に次のとおり述べている。『経営判断の事項について、当該状況の下で、適切であると合理的に取締役が信
じる範囲で十分に情報を得ていることである。例え取締役の経営判断であっても、情報を得た上での判断
(informed decision)でなければ、保護されないのである。例えば、後でも紹介するが、トランス・ユニオン
事件がその旨を判示している。この事件では、会社の合併という重大事項について審議した取締役会において、
取締役会議長のわずか20分間の口頭の説明に基づき、議長の報告を信頼するだけで、2時間討議して合併を
承認してしまった。その際に取締役等は、社外の機関による調査、研究、公正な意見を求めることはしなかっ
た。その結果、デラウエア州の最高裁判所は、経営判断の法則の保護を否定して、取締役に厳格な責任を課し
ている。ここでは、意思決定の合理性を求められているわけである。もちろん情報を得ているかどうかという
ことは、取締役が経営判断を下すに当たっての準備が万全かという点に関して意味があるのであり、経営判断
の質の評価の問題ではない。ここで、「当該状況の下で、適切であると合理的に取締役が信じる範囲で十分に
情報を得ていること」という表現が使われているのは、必要な情報量は、経営判断を下す際の時間的な制約等
によって決まる問題でもあるからである。
   第二の要件として挙げられることは、合理的な根拠のある経営判断でなければなならないということで
ある。単なるカンに基づく経営判断や根拠のない経営判断であれば、裁判所はこれを尊重することはないと思
われる。言い方を変えれば、その取締役だけしか理解出来ない経営方法ではなく、筋道の通った経営判断でな
ければならないのである。
   第三の要件としては、忠実義務違反の事例には適用されない。つまり、取締役が会社のために最善と思
う判断を下したということが前提となる。
   第四の要件として、法令に違反する経営判断は保護されない。たとえ会社の利益になる経営判断であっ
ても、法令に違反するものまで、裁判所が尊重するのはおかしいからである。
   第五に、原則として不作為は保護されないことである。』

 2 本件政治献金についての経営判断としての検討
  (1) 本件献金理由についての熊谷組の経営判断の合理性
     これは前記第1に述べた理由、即ち建設業を継続的、安定的に遂行していく上で、とりわけ自由主義
経済体制の維持・発展が重要と考え、本件政治献金を行うことが適切であると判断して行ったと主張している。
まず、この判断内容が前記五要件のうちの第二の要件「合理的な根拠のある経営判断」でなければならない。
    イ.合理的な根拠のある経営判断かどうかについて、1審で被告らは具体的理由を一切主張していない。
自由主義経済体制を守るという考え方は、原判決も指摘したとおり異端な考え方である。
    ロ.また、現実の政党間の間では、上記のようなことが全く争点ともなっていない(甲27号証の1,
2,3)。その点で、この経営判断は取締役としても時代錯誤であり、取締役の思い込みでしかない。
    ハ.現実には、本件政治献金の実態は、日建連というゼネコン業界が統一的に自己の要求を実現するた
めのもので、その見返りを期待した賄賂性を帯びた献金に合理的根拠はない。
  (2)@ 上記のごとき経営判断に至る過程において、十分な情報に基づいて行っているかである。特に被告
らの献金判断が特異であればある程、その判断に至る過程において十分な情報に基づいていなければならない。
取締役は、政治献金の必要性を取締役個人がその旨信じたということだけでは足りない。政治献金が必要とさ
れる事情について、十分な情報を得た上で、手続がなされなければならない。いづれにしても、被告らの説明
によるも本件献金が具体的に、何故に自由主義経済体制を守ることになるのか、その必要性が検討されたもの
ではない。しかし、このような判断の前提となった事実について、どのような情報をもとに決定したかについ
て何ら説明しない。
     また、わが国の政党が全て市場主義を党是にした1990年代に入ってから、更には、政党助成法
が施行されてからでも、その必要性について検討すべきであった。会社は上記容易になし得る検討もせず、漫
然と建設事業の安定的基盤の確立の為であるから会社の利益になると、客観的な資料等に基づかず判断して献
金をしているだけである。このような長年の惰性と「悪しき慣行」どおり献金していることは、経営者として
の経営判断を放棄しているに等しい。
    A 政治献金をする必要性、有用性があるかどうかは疑わしいが、仮に献金をする必要性、有用性があ
るとしても、被告らはそれをその側面も比較考慮し、検討して本件支出を決定したならば、それも経営判断で
ある。しかし、実態はそのような判断を全くしていない。日建連が十日会が決めたことをそのまま鵜呑みにし
ているに過ぎず、そもそも取締役としての経営判断をしていない。
    B 更に、他党から要請がないというだけで、他党への献金を考慮、検討していない。しかし、建設業
にとって必要不可欠で有用ならば、同じ自由主義を党是とする政党にも献金するかどうか検討すべきである。
しかし、それもしていないことはそもそも前記経営判断をしていない証拠である。
   (3)  最高裁南九州税理士会事件は、「規正法上の政治団体である以上、前判示のような広範な政治活動を
することが当然予定されているのであるから、この献金は税理士会の目的に沿った活動の範囲に限られるもの
ではない」と認定した。
        これと同様に、仮に被告らは建設事業の安定的基盤という目的の為に献金したとしても受け取った自
民党は広範な政治活動をしており、かつその為の諸支出をしているのであるから、この目的に沿った活動に限
定されるものでもない。自民党は安保条約肯定、憲法改正を含む広範な政治活動を展開している。そして、選
挙になればその時々の政策(例えば消費税導入・・・)や政権の枠組(自社、自保公・・・)について国民の
審判を仰ぐべく他の政党との違いを明らかにして国民の支持を受けようとしている。
     従って、その時々、会社が自民党に寄附したとしても会社が考える目的に費消されていない以上、そ
の支出は失当である。
  (4) 以上を総合すると、被告らの経営判断においても事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったことに
なる。

第6 結論
      被告らの本件政治献金は、取締役の注意義務違反を構成する。

第2章 本件政治献金は公職選挙法199条1項に違反する
第1 原判決は次のとおり認定した。
  1  原判決は、公職選挙法199条1項の解釈について、@特定の選挙について,その公示又は告示がなさ
れた後,あるいは,一定の公職の任期満了又は議会の解散などに基づく選挙の実施が見込まれるという時間的
関係においてなされ,また,Aその特定の選挙において,寄附した政治資金を選挙費用に供する等の目的をも
ってなされた寄附であることを要すると解した。
 2 これを本件についてみると,上記前提事実のとおり,本件政治資金の寄附の中には,特定の選挙に時間
的に近接してなされたものがあるが,他方,熊谷組は定期的に反復継続して政治資金の寄附を実施しているこ
と,特定の選挙と近接した時間的関係にないものも少なからず存在していることからすると,本件政治資金の
寄附は全体として特定の選挙の有無にかかわらず実施されたものと推認することができ,特定の選挙に近接し
た寄附についても,当該選挙に関する目的をもってなされたと認めるに足りる証拠はないことからすると,本
件政治資金の寄附は,いずれも選挙に関しなされたものとまでは認められない。
 3 原告は,全ての政党が選挙における多数の獲得を目指して活動を行っているから,政党への寄附は,当
該政党が選挙において多数を獲得することを願ってなされ,政党に対する寄附が選挙を離れてなされることは
論理上あり得ないと主張するが,公職選挙法の当該条項の解釈は以上のとおりであって,原告は独自の見解を
主張するものである。また,原告は,本件政治資金の寄附により国民政治協会に交付された金員が自民党に寄
附され,自民党がその有する資金の一部を選挙活動費ないし組織活動費等として支出していることからすると,
本件政治資金の寄附による資金は選挙に関する支出に供されうるとして,本件政治資金の寄附が選挙に関する
旨主張するが,公職選挙法は,特定の選挙に関しての寄附を禁ずるに過ぎず,寄附にかかる資金が結果的に選
挙のために支出されるか否かを問題とするものではないから,原告の主張のごとく解することはできない。結
局,原告の主張は採用できない。

第2 原判決への批判
 1 本件政治献金と国政選挙との関連
   本件政治献金がなされた時期と国政選挙との時期を整理するとつぎのようになる。
    ・1996(平成8)年1月22日                   275,800円
                     3月14日               1,000,000円
                     5月10日                   600,000円
                     5月29日        11,760,000円
                     5月30日         7,056,000円
                   9月13日               5,000,000円
                     9月27日 国会解散   
                    10月 8日 告示            
            10月20日 第41回衆議院選挙
     ※ バブルが崩壊した1992年から1995年までの献金額がだいたい200万円前後なのに、この年
だけ突然2800万円余となっている。9月13日の500万円が選挙の関係で突出している。

    ・1997(平成9)年2月10日                3,000,000円
                     2月13日             11,670,000円
                     9月14日               7,002,000円
                                  合計   21,672,000円 

    ・上記同年11月16日、宮城県参院補欠選挙
        〃    12月14日、衆議院宮城6区補欠選挙

    ・1998(平成10)年3月30日             18,672,000円
                      3月19日              2,000,000円          
                                 合計   20,672,000円

    ・上記同年7月12日、参議院選挙

    ・1999(平成11)年4月 8日                   24,000円
           9月13日             16,277,000円
                     12月29日                    24,000円          
                                  合計   16,325,000円

    ・上記同年4月11日、衆議院東京2区補欠選挙
            〃       、  〃  東京15区   〃
            〃       、  〃  静岡8区   〃
      同年   10月17日、参議院長野補欠選挙

・2000(平成12)年4月20日       12,090,000円
                4月27日                  200,000円          
                                    12,290,000円

・2000(平成12)年6月 2日 解散
    ・2000(平成12)年6月25日 衆議院選挙

 2 本件献金は、当該選挙に関する寄附である点を原判決は看過した。
   (1)  当該選挙に関する寄附をしたかどうかの認定は、寄付者の主観的弁明だけによって決定することは
正しくない。
      寄附をする以上、
@ 当該選挙の実施される時期との関係
A その金がどのようなものに費消されるのかの認識の有無
B 過去に寄附をしている以上、寄附を受ける政党の費消状況等を考慮して、同法に違反するかどうか決定
すべきである。
 単に、被告らの主張するように選挙直前、またはその期間中等という形式論理では決定すべきではない。
また、当該選挙に関して寄附する故意と、毎年毎年同党に寄附をする故意は、併存して差し支えないもので
ある。毎年、同党に寄附しているからといって、当該選挙に関する寄附の故意を排除するものではないから
である。当該選挙に関する寄附をしているとの未必の故意であっても本罪は成立する。しかるに原判決は、
毎年毎年寄付をしているから特定の選挙に対する寄附でないとしたことは、法の解釈を誤っている。
   (2) 議会制民主主義下における政党は、最終的には選挙における多数の獲得を目標にして全ての活動を
展開している。選挙を離れて政党の活動はあり得ない。従って、政党に寄附する以上、その政党が選挙にお
いて少しでも多くの国民の支持を獲得することを願って寄附しているものである。選挙を離れての寄附は論
理上あり得ない。選挙に関しての寄附は前記のとおり選挙に関する事項を動機として寄附(約束も含む)す
ることであるから、極めて広い意味とされている。
     従って、本件政治献金も自民党が我が国の政治状況の中で強くなることを願っての寄附である以上、
自民党が選挙において多数の票を獲得することを目的としているものである。少なくとも1996年、19
98年、2000年の寄附は、国政選挙が実施されることが明らかになった年であるから、この国政選挙に
おいて自民党の躍進を期待しての寄附の意思を含んでいる。(また、現実にこれらの寄附された金は国会議
員一人一人に組織活動費として配布されている。同党の国会議員を財政的に支えるためであり国会議員の地
盤等を維持存続させる為に費消されている以上、選挙に関して支出されているのである)。自民党を強化す
るために寄附する以上、直後に選挙がある場合、その選挙活動に使われることを願って寄附していることは
当然のことと思われる。もしそうでないと言うなら、被告の方で反論すべきであろう。
  (3) 選挙に関する寄附と政治活動に関する寄附とは区別が出来ない以上、選挙に関する寄附の意思もあ
ったと解すべきである。
     前記南九州税理士会事件は、税理士会の活動の目的で寄附をしたとしても、政治団体は広範な活動
を言うのであるから、その目的にのみ費消されるものでないと認定した。熊谷組が自民党の政治活動の為に
寄附したとしても、同党は選挙活動も行っているのであるから、「政治活動のみ」に限定して費消されると
は限らない。政治活動に対する寄附と当該選挙に関する寄附との動機は併存しても本法に違反するのであり、
その故意は未必の故意であっても該当する。また、選挙が密接した時機に行われる以上、その区別が困難で
あり選挙が日常的に実施されている以上、それに関して同党が支出する以上、寄附者にも「選挙に使って下
さい」という故意がないと認定する方が不自然である。

 3 上記献金のうち、1996年9月13日の500万円、1998年3月の20,672,000円な
らびに2000年4月20日の1209万円は、直後の国会議員の選挙に密接していることからみると、直
後の国政選挙に関しての寄附であると認めるべきである。
  (1)@  1996年(平成8年)9月27日衆議院が解散し、10月20日選挙が実施された。ところ
が、1996年9月10日、経済界の代表が「10月にも解散、総選挙」があることを述べている(甲33
号証の1)。9月19日には、10月8日公示、20日選挙ということが福井段階でも明らかにされている
(甲33号証の2)ことからみると、献金した9月13日には衆議院の解散、選挙ということが世上騒がれ
ていることが明らかである。前記原判決の解釈のように、「選挙の実施が見込まれるという時期」であった
ことは明らかである。ところで、この年の献金が3月から5月に集中しているのに、この500万円だけが
特別に時期も遅れてなされていることからすると、「衆議院選挙が近い」ということで特別に選挙に関して
寄附されたものであると解される。
    A むしろ、このように近接した献金が選挙と関係があると事実上推認されるのであるから、それ
を否定するならば、献金した側でその旨の反論を行うべきである。
   (2)@ 1998年(平成10年)6月25日告示、7月12日参議院の選挙が行われた。参議院の選
挙は予め決定されている。この年に熊谷組は前記のとおり、
    3月19日  200万円
    3月30日    18,672,000円
を寄附している。
       A 1998年7月の参議院選挙は確定しており、ただ日がいつになるかということだけであった。
このため1998年1月からは各党とも選挙準備に着手し、マスコミ等でも選挙準備が報じられている(甲
34号証の1、2、3)。これをみても、1998年の3月という時期に寄附する金は参議院選挙に関する
寄附であると事実上推認され、それにもし反すると言うなら、その旨献金側が主張し反証すべきである。
   (3)@ 2000年4月の本件寄附は衆議院選挙に関する寄附である。2000年4月6日の新聞報道
によると、6月総選挙ということが叫ばれている。同年4月12日の新聞では、6月18日か25日が有力
とあり、総選挙はほぼ確定している(甲35号証の1、2、3)。この時期の献金は当然に総選挙を意識し
ての献金であると推認される。  
    A 甲9号証によると、2000年4月21日から衆議院選挙が終了する6月25日までの間、衆
議院議員であった自民党の国会議員全員に「組織活動費」名目に金を交付している(甲9号証 48頁から
103頁まで)。これをみると、2000年4月20日に献金された金が自民党の国会議員に湯水のごとく
配布されている。これらの金はどのようにみても、衆議院選挙の為に費消されていると推定するのが合理的
である。そうすると、この選挙の3〜4ヶ月前の献金は、結局のところ選挙の前後に国会議員に配布される
組織活動費と消え、その時の選挙において費消されている以上、当該選挙に関しての寄附があると認められ
る。

 4 熊谷組の本件政治献金は公選法199条1項に違背する。
 熊谷組は、本件各政治献金をなした当時、前記のとおり国との間に土木・建設等についての請負契約関係
にあったものであるから、刑事処罰の対象となる公選法199条1項に該当するものである。少なくとも、
1996年、1998年、2000年の献金は、国政選挙の直前に寄附しているのであるから同法に違反す
る。少なくとも1996年3月の500万円、1998年3月の20,672,000円、2000年4月
の12,290,000円については、当該選挙に関する寄附と解すべきである。

            以 上

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