平成16年(ヨ》第20029号違法行為差止仮処分申立事件

主文

1本件申立を却下する。

2申立費用は債権者らの負担とする。

事実及ぴ理由

第1 申立て

債務者は三菱重工業株式会社を代表して、訴外三菱自動車工業株式会社の増資新株の引受けをしてはならない、

2 事案の概要

1 本件は、三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」という。)の株主である債権者らが,三菱重工の代表取締役である債務者に対し,三菱重工が訴外三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自動車」という。)の発行する優先株(以下「本件優先株」という。)400億円を引き受けることは,三菱重工取締役としての善管注意義務に違反するとして,商法272条に基づき,本件優先株引受けの差止めを求める仮処分を申し立てた事案である。

2 債権者らは,三菱重工が本件優先株を引き受けることを決めた今回の判断(以下「本件支援決定」という。)は,三菱自動車のクレーム隠し・隠蔽工作の事実関係についての十分な調査・検討を経ずになされたものであって,決定手続が拙速である上,本件支援決定を行った場合に三菱重工が被る可能性のある利害得失に関しても踏み込んだ調査・検討がなされていないから,本件支援決定には善管注意義務違反があると主張した。

3 これに対して,債務者は,本件支援決定に当たっては十分な調査・検討がなされているし,三菱自動車への市場の信頼が急速に失われている状況下では,早急に支援を決定し発表することが必要であるから,本件支援決定に善管注意義務違反はないと主張した。

3 当裁判所の判断

1 判断の枠組み

本件仮処分事件においては,三菱重工による三菱自動車への本件支援決定の適法性が争点となっているところ,このような経営不振企業に対し支援を行なうか否か,あるいは支援を行なう場合の時期や支援の規模・内容をどうするかといった判断を行なうに当たっては,企業の経営者である取締役としては,支援をする企業と支援を受ける企業の関係,支援を受ける企業が支援を必要とするに至った原因,支援を必要とする企業が置かれている状況,支援を受ける企業の再建策の合理性等の諸般の状況を踏まえたうえで,企業の経営者としての専門的,予測的,政策的な総合判断を行なうことが要求されるというべきである。そして,そのような判断は,いわゆる経営判断にほかならないから,本件支援決定の適法性を判断するに当たっては,取締役の判断に許容された裁量の範囲を超えた善管注意義務違反があるか否か,すなわち,意思決定が行われた当時の状況下において,当該判断をする前提となった事実の認識の過程(情報収集とその分析・検討)に不注意な誤りがあり合理性を欠いているか否か,その事実認識に基づく判断の推論過程及ぴ内容が明らかに不合理なものであったか否かという観点から検討がなされるぺきである。

また,本件仮処分の申立ては,これからなされようとする企業活動としての三菱自動車の増資新株の引受けの事前差止めを仮処分決定によって求めるものであるところ,仮に本件申立てが認容されれば,三菱自動車の再生計画に極めて重大な影響が生じることは明白であるから,本件申立てにおげる被保全権利及ぴ保全の必要性に関しては高度の疎明が要求されると解すぺきである。そうであるとすれぱ,本件申立てについては,本件支援を決定した三菱重工の取締役の判断について,仮処分決定によって事前差止めを命じなげればならないほどの明白な善管注意義務違反が認められるか否かという観点からの検討が必要というべきである。

2 本件支援決定の必要性

本件記録によれば,三菱自動車が経営不振の状態に陥っていることは明らかであるところ、後記認定のとおり,三菱重工と三菱自動車は,三菱グループという同一の企業グループを構成し,三菱重工は,三菱自動車の株2億4000万株余りを保有しており,しかも三菱重工と三菱自動車の間では年間400億円規模の取引があることなどからすると,以下で検討する支援の時期や規模・内容の点は置くとしても,支援を行なうこと自体については,三菱重工の取締役の経営判断としての合理性を肯定できるというべきである、なお,三菱重工が三菱自動軍の再建を支援する立場にあること自体は,債権者らも特にこれを争っていないものである。

3 本件支援決定の時期の相当性,

 (1) 債権者らは,三菱重工の取締役は,三慶自動車のリコール隠しに関する全貌が明らかになってから支援決定をすぺきであり,特に平成16年6月2日に明らかになった乗用車のクレーム隠しは,三菱自動車の重大な再生障害事由になる危険性もあるのであるから,この点に関する十分な調査・検討がなされないままに行われた本件支援決定は拙速であり,当該判断の前提となった情報収集とその分析検討が合理性を欠き善管注意義務に違反すると主張する。

この点については,三菱自動車のリコ一ル隠しに関する事実解明の間題は,平成16年5月21日に発表された三菱自動車の事業再生計画(以下「本件再生計画」という。)及ぴ同年6月16日に発表された追加施策の合理性を判断し,ひいては本件優先株400億自の回収可能性を判断するに当たっての前提事実となるものであり,リコール隠しに関してさらに新しい重大事実が明らかになれぱ,本件再生計画の達成可能性に影響を及ぽす可能性がある

のであるから,三菱重工の取締役としては,本件支援を行うか否かを判断するために必要な限度において,三菱自動車のリコ一ル隠しに関する事実関係を調査・検討すぺき義務があるというぺきである。

しかしながら,他方,本件記録によれぱ,被支援企業である三菱自動車については,相次ぐリコール隠しの発覚により,市揚の信頼が急速に失われつつあることが明らかであり,そのような状況のもとでは,可能な限り早い時期に具体的な支援を行うことが,企業価値の劣化をくい止めるために必要であり,リコール隠しに関する全貌が明らかになった後でなければ支援を決定できないとすれぱ,最も有効な支援の機会を逃し,被支援企業の再建が困難となる可能性も否定できないというぺきである。

そうであるとすれば,事実関係の徹底解明と支援の緊急性という相反する二つの要請のバランスをとりつつ,どのタイミングで支援を行うか(支援の時期判断)については、支援決定を行う取締役に裁量があるというベきであり,その時点での客観的な状況についての情報の収集と分析・検討に不注意な誤りがあり,その結果に基づく支援時期の判断が著しく不合理であると認められる揚合に初めてそのような判断をした取締役に対して善管注意義務違

反の責任を問いうると解すべきである。債権者らは,リコール隠しは安全性に関わるものであるから三菱重工の取締役の裁量はないと主張するが,三菱重工の取締役としては,三菱自動車の再生計画が合理性を有するか否か、実行可能性を有するか否かについての調査確認義務はあるといえるが、再生計画の合理性・実行可能性と切り離して,別個独立に三菱自動車の過去のリコール隠し等,三菱自動車が持つ体質・文化を解明しなけれぱならない義務は

ないというぺきである。リコール隠しの実態の解明を怠り,自動車の安全性の確保の問題を疎かにしてよいとの裁量がないことは当然としても,リコール隠しに関する事実解明は本件支援後も三菱自動車において続けられるものであり,三菱重工がこの時期に支援を行うことによって三菱自動車がこれ以上の事実解明をしないことになるものではないから,債権者らの上記主張は採用することができない。

(2) 以上を前提に,本件支援決定の時期についてみると,疎甲26号証の1及ぴ2,同31号証の2ないし3,疎乙9号証及び審尋の全趣旨によれぱ,@三菱自動車は,企業体質・風土を抜本的に改革するため,平成16年4月30日,三菱重工の常務取締役であった岡崎氏を新しい会長兼社長に迎えたこと,`A岡崎会長兼社長以下新経営陣は,調査特別チームを編成し,過去の記録の徹底的な調査及び洗い出しを命じたこと,B三菱自動車は,平成16年6月2日,記録が残る平成5年12月まで遡って行われた調査結果を発表し,乗用車でもリコールに該当する案件がさらに26件あったことを明らかにしたこと,C三菱自動車から商用車部門が分社化された三菱ふそうトラック・バス株式会社も,平成16年6月14日,既に発表していた93件の欠陥・不具合情報に加え,さらに62件の同種情報を隠していたことを発表したこと,D岡崎会長兼社長以下新経営陣は,新しく判明した不具合についてリコー一ル届出を順次行う予定であり,また,既に三菱自動車で資料が廃棄されている時期のものについては,販売店に保管を確認するなどさらに調査を続けていることが一応認められる。

他方,疎甲30号証並ぴに同32号証の1及ぴ2によれば,@三憂自動車の新車販売台数(軽自動車を除く。)は,一連の不祥事の影響で大幅な減少を見せ,平成16年5月のそれは前年同月比の56%減となっていること,A全国の自治体でも三菱自動車の車両の購入を見合わせる動きが広まっていること,B平成16年6月3日には,三菱自動車の株価が一時187円と昭

63年12月の上場以来の最安値を更新したことが一応認められ,急速に損なわれつつある市場の信頼をつなぎ止め,企業として再生する可能性を模索するためには,三菱自動糞に対する実効性のある支援計画が早急に決定され,実行されることが必要であることが一応認められる。

以上の事実関係によれば,三菱自動車の破綻を防ぐためには支援を緊急に行うことが必要であることが認められるし,一方で,リコール隠しに関する事実関係も三菱自動車の新経営陣の下で明らかにされつつあることを考慮すれぱ,三菱重工の取締役がこの段階で三菱自動車への支援を決定したことが,その時点での客観的な情勢についての分析・検討に不注意な誤りがあり合理性を欠いていたとまでは認められないし,その結果に基づいてこの時期に支援決定をしたことが明らかに不合理な判断であるとはいえないというべきである。よって,この点について,三菱重工の取締役に善管注意義務違反があることの疎明があるということはできない。

4 本件支援決定の規模・内容の相当性

1) 次に,債権者らは,本件支援決定をするに当たっては,本件支援決定により三菱重工が被る可能性のある利害得失について踏み込んだ調査・検討をする必要があるにもかかわらず,三菱重工の取締役がこうした調査・検討を行った形跡はなく,善管注意義務に違反すると主張する。

(2) そこで,検討すると,疎乙5号証によれば,平成16年5月20日に開催された三菱重工の臨時取締役会においては,本件支援の利害得失について,以下のとおりの検討がなされたことが一応認められる。

すなわち,本件支援をしない揚合のデメリットとしては,@本件支援をしなけれぱ,売上高2兆5000億円,国内の従業者数1万300Q人,販売店約900店,資材取引先約400社等を有する大企業である三菱自動車が破綻する可能性があるところ,このような事態に陥った場合には,三菱グループ全体への社会的信用が失墜しかねず,三菱重工においても事業機会損失

の発生が懸念されること,A三菱自動車が破綻すれぱ,三菱重工が既に保有している三菱自動車株2億4000万株余りが無価値となるほか(平成16年5月18日の終値による時価約582億円,簿価143億円),三菱自動車向けの棚卸資産の処分損(80億円),売掛金の貸倒れ(20億円),固定費回収不足(3年間で120億円)という損失も発生すること,B仮に三菱自動車の本件再生計画が実現されて配当が復活すれぱ,本件優先株については38億円の利益が見込まれるが,引受けを行わなければこの利益は得られないこと,C三菱重工と三菱自動車の間では,年間約400億円規模(売上高の2〜3%)の取引があるところ,三菱自動車が破綻した場合には,こうした取引も失われることが挙げられた。他方,本件支援をした場合のデメリットとしては,三菱自動車の破綻により本件優先株400億円が無価値となる可能性が考えられるが,本件再生計画は妥当なものと評価され,本件再生計画によって三菱自動車が再生する可能性があると判断された。

以上の調査・検討の内容からすれぱ、三菱重工の取締役は,本件支援をしない場合のデメリットと,本件支援をする場合のデメリットを比較衡量した上で支援の規模と内容を決定し,本件支援決定をしたことが一応認められ,その時点での客観的な情勢についての分析・検討に不注意な誤りがあり合理性を欠いていたとまでは認められないし,その結果に基づいて本件優先株引受けを決めたことが明らかに不合理な判断であるとはいえないというぺき

である。なお,三菱重工の取締役が上記検討を行ったのは平成16年5月20日であり,その後,三菱自動車をめぐる情勢が一層厳しさを増していることは,既に認定したとおりであるが、三菱重工ではその後も本件再生計画の実現可能性について必要な調査を行っており,平成16年6月23目には,再度取締役会を開催して,本件優先株引受けを行うか否かを最終的に検討判断することになっていることが一応認められるから(審尋の結果),平成16年5月20目以後の情勢変化に聞する調査・検討がないとの債権者らの主張も採用することができない。よって,この点について,三菱重工の取締役に善管注意義務違反があることの疎明があるとはいえない。

5 結論

以上によれば,三菱重工の取締役が本件支援決定を行った時点での客観的な情勢についての分析・検討に不注意な誤りがあり合理性を欠いていたとまでは認められないし,その結果に基づいて決定した本件支援の時期や規模・内容が明らかに不合理であって善管注意義務に違反するということはできず,三菱重工の代表取締役である債務者が取締役会の決定に従って本件優先株の引受けを行うことが違法であると認めることはできないから,本件申立てについては,被保全権利に関する疎明がないといわざるを得ない。したがって,本件申立てには理由がないから,主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第8

裁判長裁判官 西岡清一郎

裁判官 渡邉千恵子

裁判官 山口和宏

 

これは正本である。

平成16623

東京地方裁判所民事第8

 


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