訴訟の早期終結に向けての裁判所の所見


第1 はじめに
 本件訴訟は、いまだ人証の証拠調べの手続を残しており、被告らの法的責任の有無、範囲及び額については、それら証拠調べの結果を踏まえて慎重に判断される必要がある。
 しかし、一方、これまでの当事者双方の主張、提出された書証によれば、神戸製鋼所において総会屋に対する利益供与及び加古川製鉄所における裏金捻出がなされたこと自体は、以下に記載のとおりほぼ争いがない事実として認定できるところであり、従って、それらに関与した被告らについての責任についても一定程度は言及し得るものと考えられることから、当裁判所は、被告らにおいて、それらの行為について真摯に反省するとともに、その反省のうえにたって、今後、神戸製鋼所の経営陣が同じ過ちを繰り返すことのないための方策を講じることも視野に入れた、和解による早期の決着を図るのが相当と判断し、当事者双方に対し和解を勧告することとした。

第2 総会屋に対する利益供与及び加古川製鉄所における裏金の捻出
 以下の事実は、概ね争いのない事実として認定できるところである。
1.被告奥田及び訴外春谷典昭に対する利益供与
 訴外今井及びこれを引き継いだ被告梶原は、自ら又は神戸製鋼所の従業員らに指示して、被告奥田に対し、与党総会屋である同被告が他の総会屋等株主の発言を封じて株主総会を平穏裡に終了させるために協力することに対する謝礼として、平成2年始めころから同11年4月ころまでの間、現金の交付及び接待費を含む合計金1億9780万円を供与した。また、被告梶原は、平成9年6月ころ、神戸製鋼所の従業員らに指示して、総会屋訴外春谷典昭に対し、金100万円を供与した。

2.加古川製鉄所における裏金捻出
 神戸製鋼所加古川製鉄所では、平成7年7月から同9年4月までの間、取引相手である訴外株式会社島文(以下「島文」という。)との合意の下、スクラップの簿外売却の方法により、合計金1億6592万円の裏金(以下「本件裏金」という。)が捻出された。
 本件裏金捻出は、平成7年3月下旬ころ、当時機械エンジニアリング事業本部海外エンジニアリング本部長であった被告根上が当時加古川製鉄所所長であった同上村に相談をもちかけて開始されたものである。
 被告上村は、平成8年3月に加古川製鉄所長を辞めたが、その際、後任の同光武に本件裏金捻出の業務を引き継いだ。
 本件裏金1億6592万円の内金3000万円は被告奥田への利益供与に費消された。

3.上記利益供与及び裏金捻出は、被告亀高(平成8年6月まで)及び同熊本(平成8年6月以降)が神戸製鋼所の代表取締役社長に在任中になされたものであった。

第3 被告らの責任
 1.被告奥田の責任
 被告奥田が、その利益供与を受けた1億9780万円の返還義務を負うことは明らかである。ただし、被告奥田は、そのうち3300万円についてはこれを返還済みであり、また、1500万円については、その利益供与に関与した訴外今井の遺族がこれを返還済みである。

 2.被告梶原、同根上、同上村及び同光武の責任
 被告梶原は上記利益供与に、同根上、同上村及び同光武は上記裏金捻出に関与した者らであり、それらの行為が取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するものであることは明らかであるから、その責任を負う範囲、額等については、なお、その関与の時期、態様等の検討により確定する必要があるにしても、損害賠償責任があること自体は否定できないところである。

3.被告亀高、同熊本の責任
 上記利益供与及び裏金捻出は、被告亀高及び同熊本が神戸製鋼所の代表取締役社長に在任中になされたものであるところ、株主総会の議長を務めるのは代表取締役社長にほかならないこと、上記捻出された裏金の一部は上記利益供与のために費消されたことに照らすと、被告亀高及び同熊本は、上記利益供与やその原資とするための裏金捻出がなされないよう、特別に配慮してこれを監視すべき地位にあったものと認められる。とりわけ、被告亀高については、上記利益供与及び裏金捻出の大半が同被告の代表取締役社長在任中に行われたものであること、同被告には株主総会に関する業務の経験もあること、上記裏金捻出に関しては、その一部は被告梶原を通じて上記利益供与に費消されていること、裏金捻出に関与している者は一般従業員ではなく専務、または常務取締役などの経営会議のメンバーであることなどからして、被告亀高は、上記利益供与及び裏金捻出を予測し、またはこれを容易に知り得ること事ができたのではないかと推認され、これを防止できなかった責任は大きいと考えられる。
 また、神戸製鋼所のような大企業の場合、職務の分担が進んでいるため、他の取締役や従業員全員の動静を正確に把握することは事実上不可能であるから、取締役は、商法上固く禁じられている利益供与のごとき違法行為はもとより大会社における厳格な企業会計規制をないがしろにする裏金捻出行為等が社内で行われないよう内部統制システムを構築すべき法律上の義務があるというべきである。
 とりわけ、平成3年9月、経団連によって企業行動憲章が策定され、社会の秩序や安全に悪影響を与える団体の行動にかかわるなど、社会的常識に反する行為は断固として行わない旨が宣言され、企業の経営トップの責務として、諸法令の遵守と上記企業行動憲章の趣旨の社内徹底、社員教育制度の充実、社内チェック部門の設置及び社会的常識に反する企業行動の処分が定められたこと、また、平成7年11月、企業における総会屋に対する利益供与の事実が発覚して社会問題となり、上記経団連企業行動憲章が改訂され、上記に加えて、企業のトップが意識改革を行い、総会屋等の反社会的勢力、団体との関係を絶つという断固たる決意が必要であり、これについては担当部門任せでない、組織的対応を可能とする体制を確立する必要があり、従業員の行動についても「知らなかった」ですませることなく、管理者としての責任を果たす覚悟が必要であるとの趣旨の宣言が追加されたこと、さらに、平成9年6月には特殊暴力対策連合会から、神戸製鋼所を含む我が国の主要各社に対し総会屋との絶縁要請書が送付されたこと等からも明らかなとおり、上記の内部統制システムを構築すべき義務は社会の強い要請に基づくものでもある。
 一方、企業会計に関する規定は、会社においては、企業の関係者の利害を保護するための重要な規定であり、とりわけ大会社には会計監査人の監査が義務付けられているなど厳格な規制が整備されていることから、これに反する会計処理は許されるものではない。裏金捻出は、かかる企業会計に反することはもちろんのこと、さらに利益供与等の犯罪の原資になりやすいことからしても、これを特に厳しく防止する必要があり、内部統制システムの構築にあたってはこの点も十分に配慮すべきものである。
 そうであるとすれば、企業のトップとしての地位にありながら、内部統制システムの構築等を行わないで放置してきた代表取締役が、社内においてなされた違法行為について、これを知らなかったという弁明をするだけでその責任を免れることができるとするのは相当でないというべきである。
 この点につき、被告亀高、同熊本らは、神戸製鋼所においても一定の内部統制システムが構築されていた旨を主張する。しかし、総会屋に対する利益供与や裏金捻出が長期間にわたって継続され、相当数の取締役及び従業員がこれに関与してきたことからすると、それらシステムは十分に機能していなかったものと言わざるを得ず、今後の証拠調べの結果によっては、利益供与及び裏金捻出に直接には関与しなかった取締役であったとしても、違法行為を防止する実効性ある内部統制システムの構築及びそれを通じての社内監視等を十分尽くしていなかったとして、関与取締役や関与従業員に対する監視義務違反が認められる可能性もあり得るものである。

第4 まとめ
 以上の当裁判所の考え方は、もとより、現時点での暫定的なものであるが、当事者においては、これを十分検討・吟味のうえ、適切な対応により、和解による早期の解決がなされることを期待したい。


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