2000年7月5日
                                                     原告 熊野実夫
                      陳 述 書

 私は、日本生命保険相互会社の終身保険および年金保険の契約者であります。会社が行いました政治献金についての代表訴訟の原告の一員として、一言、述べさせて頂きます。

 日本生命保険相互会社は、その商号に明らかなように、相互保険会社であります。相互保険とは、保険契約者の団体が保険者としての地位に立ち、したがって、保険契約者が相互に他の保険契約者に対して保険者たる地位にある団体であります。この団体の財産は、保険契約者の所有に属します。この団体の財産を管理するために、取締役が選任されていますが、取蹄役は、保険契約者の団体、つまり他人の所有する財産を、保険契約者の利益のために、運用・管理するために委任されています。取締役は、そうしたきわめて限定された権限の範囲において、他人の財産を占有しているのに過ぎないのであります。

 所有権についてわが国の権威であった故川島武宣教授は、財産の所有権と占有に関連して、嘗ての八幡製鉄株式会社の政治資金献金事件の二審判決について、次のように述べられています。すなわち、「実質的には他人の財産である会社財産をその管理人がいかに管理処分すべきであるか、という観点からの立論がなされなかったということは、同様の問題をもっぱら他人(株主)の財産の管理(信託関係)という点に焦点をおいて考えるアメリカの法律家の立論のしかたと比べてはなはだ印象的であった。法技術上は、いわゆる『法人の目的の範囲』の問題として議論したのは当然であるが、そもそも『法人の目的の範囲』という技術概念が、他人(法人、そうしてその背後にある株主)の財産の管理という問題を処理するための道具であるという観点ないし問題意識が、比較的弱く、問題がもっぱら一般取引社会における法人の『有機体』的実在性という観点から論ぜられていることはここで問題にしているわが国の所有権意識とも関係があるように思われるのである。」取締役が、保険契約者のために占有している財産は、取締役が所有に属するものではないのであります。

 日本生命の取締役たちが、占有、事実上支配している契約者の財産を、自分が支配していない他人の財産と同様に「他人の独占排他的な財産」であると意識するならば、また、取締役たちは、そのように意識し、かつ、行動すべきであると信じるものでありますが、保険契約者の承認なく、財産を、保険契約を維持する目的以外には使用することはできないのであります。それは、ある人が寄附を頼まれた場合、たまたま他人から預かったお金があるから、そのお金で寄附をして、いい顔をしておこうということと、なんら異ならない行為であります。

 第二に、相互保険の保険料は、株式会社組織による保険の場合に比較して、少し高目に設定されます。保険料は、保険事故が発生したばあいの保険金の支払額の保険数理によって計算された額に、保険契約を維持していくための経費の予算額を加え、財産の運用益の予定額を差引いて算出し、それらに剰余があった場合は、配当として契約者に戻されることになっています。このように保険の配当は、予め設定した保険料の払い戻しであります。保険料はいわば概算払いであり、年々、死差益、経費差益、運用利回りの実績によって清算され、剰余が生じた場合は、保険契約者に配当として払い戻されるか、保険契約者のため将来に備えて社内に積み立てるべきものであります。現在、私の契約している保険には配当は支払われていません。政党へ寄附する剰余があれば、まず、契約者に配当として支払うべきものと考えます。剰余ではなく、予定経費に含まれるというのであれば、その予定額を定める場合、政治献金をどのように含めたかを明確にし、保険の募集にさいして、そのことを明示し、契約者がそれを承認した上で契約するようにすべきであります。私の場合は、保険料には、特定政党への寄付金が含まれている事実は、告げ知らされていません。
したがいまして、会社の行った、政党への寄附は無効のものであります。

 第三は政党への寄附にあたり、取締役たちは、他人である会社の資金を支出する場合に通常払うべき注意を払ったかの問題であります。われわれが、寄附を頼まれた場合、まず、寄付金を募っている団体がどのような団体であるか、寄付金はどのような目的に使われるかを質問・調査し、それらが、自分の考えに一致した場合に、始めて寄附をすることを決めます。日本生命の取締役たちは、誰でもが行うそうした調査をされたでしょうか。政治資金収支報告書を取り寄せ、たとえば、組織活動費とはどのような費用であるかを調べられましたでしょうか。

 第四に、日本生命の寄附先である財団法人国民政治協会は、自由民主党への寄付金の窓口でありますが、そもそも、政党とはいかなるものでありましょうか。政党とは、特定の政治理念、政策実現のため、政治権力への参与を目的とする私的団体であります。先の八幡製鉄事件で最高裁判所は「政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから」と述べていますが、そうではないでしょう。政党は、意思を形成する媒体よりは、ある特定の政治意思を立法を通じて実現することを目指す団体であります。また、国民の政治意思は一つではなく、多様であります。どのような理念、政策の実現を目指すかは政党によって異なり、どのような理念や政策を支持するかは、個人によって異なり、表面的ではなく、事実において政党がなにを目指していると考えるかは個人によって異なります。私個人は、自民党は、現在、わが国を戦前の体制に戻す努力をしているように思います。いやそうではないという人もあるでしょう。その思いは人々によって千差万別であります。

 ところで、個人とは異なり会社は、そのようなことを考える能力をもっていません。したがって、政治意思をもつことはできません。取締役の政治意思が、会社の政治意思になるのでしょうか。契約者のそれぞれの政治意思を集約して、それを表明することまでは、契約者は、取締役に委任しておりません。取締役がどのような政治意思をもたれようと、それは自由であります。しかし、その政治意思の実現を援助するために、他人である会社の財産を使用するとなると、事は重大であります。取締役の政治意思が、私の政治意思と異なる場合、私は、会社から離脱する道がありますが、生命保険のように長期の計画に基づく場合は、多大の損失を覚悟しなければ離脱できません。いわば、契約者は、会社の虜にされています。そのような状態を利用して、取締役が、自己の政治意思の実現を図ろうとすることは明らかに、委任の範囲を超えるものであります。

 以上に述べましたとおり、日本生命保険相互会社の取締役たちが行いましたいわゆる政治献金は、明らかに、取締役の権限を逸脱した違法のものであります。
裁判所におかれましては、公正かつ迅速なご審理の上、取締役たちに、本件献金を会社に戻すこと、今後、そうした献金をすることを禁じる判決を下されるようお願い申し上げます。