住友生命
訴    状


      当事者の表示 − 別紙のとおり
       請求の趣旨 −  別紙のとおり
      請求の原因 − 別紙のとおり

住友生命社員代表訴訟事件  

証  拠  方  法
  口頭弁論において提出する

添  付  書  類
一 委任状                      通
一 資格証明書                   一通

      二〇〇〇年五月九日

           右原告ら訴訟代理人
            弁護士(代表) 松   丸       正



大阪地方裁判所 御 中

請   求  の  趣  旨

一 被告浦上敏臣は、訴外住友生命保険相互会社に対し、金四四四〇万円、
   被告吉田紘一は、訴外住友生命保険相互会社に対し、金二三六七万円、
   及びこれらに対する本訴状到達日の翌日から支払済みまで年五分の割合
   による金員を支払え。
二 被告吉田紘一は、訴外住友生命保険相互会社の代表取締役として、政党、
   政党の支部、政治資金団体に対し、寄附をしてはならない。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決並びに一項及び二項につき仮執行宣言を求める。

請  求  の  原  因
目次
 はじめに                            7頁
 第一 当事者                          8頁
 第二 企業献金行為                       8頁
 第三 企業献金の実態                      10頁
  一 企業献金の賄賂性                     10頁
   1 企業献金は賄賂である                  10頁
      2 企業献金の歴史                     11頁
      3 企業献金は政治腐敗を招く                12頁
    二 企業献金が議会制民主主義をゆがめている          12頁
      1 企業献金は特定の政党に集中する             12頁
      2 献金を受ける政党の近代化をも阻害している        13頁
    三 本件企業献金は特定党派への献金である           15頁
    四 企業献金の使途                      17頁
    五 小括                           18頁
  第四 本件企業献金の違法性                   18頁
    一 企業献金は国民の選挙権を損ね、社員の政治的信条
       の自由を侵すものであり、公序に反するものである      18頁
      1 自然人たる国民の有する選挙権              18頁
      2 企業献金による選挙権の侵害               18頁
      3 企業献金は社員の政治的信条の自由に抵触する       20頁
    二 本件企業献金は権利能力の範囲外(法令・定款の目的外)
      の行為である                       24頁
      1 法令定款による制限                   24頁
      2 相互会社の目的                     25頁
      3 非営利行為としての企業献金は相互会社の
        定款の目的外の行為である                26頁
      4 企業献金は社会通念上期待ないし要請される行為ではなく、
        権利能力の範囲外である                 28頁
      (一) 八幡製鉄政治献金事件最高裁判決             28頁
      (二) 社会通念は企業献金を要請、期待していない        29頁
      (三) 国会での企業献金禁止の論議               30頁
      (四) 企業の企業献金に対する意見               31頁
      (五) 企業自らが、企業献金をすることが社会に
        対して貢献しているとも考えていない           32頁
      (六) 企業献金は自然人たる国民の有する参政権を侵害する行為である
                                    32頁
    三 善管注意義務違反                     33頁
  第五 損害                           34頁
  第六 差止請求(再発の危険及び回復すべからざる損害を生ずるおそれ)
                                  34頁
  第七 提訴請求及び提訴期間の経過                35頁
  第八 結語                           35頁



はじめに 
  八幡製鉄政治献金最高裁判決(一九七〇年六月二四日民集二四巻六号六二五頁、
以下「八幡製鉄政治献金最高裁判決」と略す)は企業献金が社会通念上、期待、
要請される行為であるとする「企業献金奨励判決」を出して、三〇年が経過した。
 右判決後、心おきなく企業はその「効用」に期待し、また、金権にまみれた政
党、政治家は、企業のための政治をしているのであるからそれを当然のこととし
て要請した。
  リクルート事件や一連のゼネコン汚職事件はその中で生まれ、その被告人らは
例外なく、政治献金であると弁解した。
 限りなく「クロ」に近い企業献金の横行が、政治腐敗を生み出し、政治がゆが
められた。また、企業献金により国の意思形成が左右されかねない状況が続き、
国民の参政権が侵害されてきた。
 企業献金のあり方は、企業と政党だけで決めるべき問題ではない。直接的には
国民が是か否かを決めるべきである。企業が献金するかどうかは、企業の役員だ
けで決めるのではない。企業の構成員全員が決めるべきである。
 三枝一雄は「西洋の諺に『笛吹きに金を与える者が曲目を決定する』というの
があるそうである。会社の政治資金寄附についてもこの常識から出発することが
肝要である」と述べている(明大論叢第六三巻二・三号三枝一雄「会社のなす政
治献金」論について)。
 今、この常識から出発するかどうか企業も問われている。また、司法も問わて
いる。
 裁判所の適正な判断を求めたい。

第一 当事者
 訴外住友生命保険相互会社(以下、「訴外会社」という)は、保険契約者の相互
  扶助を目的とする生命保険業を営む会社である。
  原告らは、六か月以上前から訴外会社との間で生命保険契約を締結している社員
  である。
 被告浦上敏臣(以下「被告浦上」という)は、一九九二年四月から一九九七年三月
  まで、訴外会社の代表取締役社長であった。
 被告吉田紘一(以下「被告吉田」という)は、一九九七年四月から現在まで、
  訴外会社の代表取締役社長である。

第二 企業献金行為
 訴外会社は主として政権党の政治団体に対し、従前から巨額の企業献金を続けていた。
     被告浦上は、訴外会社の代表取締役社長を務めていた間、その代表取締役として、
  次のとおりの企業献金を行なった(次に記載する年度は、同年一月一日から同年
  一二月末日までの間に献金した金額の合計金である)。
       一九九五年度      献金先 国民政治協会
                   二一七〇万〇〇〇〇円
                  献金先 改革国民会議
                    七八〇万〇〇〇〇円
       一九九六年度      献金先 国民政治協会
                  一四九〇万〇〇〇〇円
     被告吉田は、訴外会社の代表取締役社長の間、その代表取締役として、次
    のとおりの企業献金を行なった。
       一九九七年度      献金先 国民政治協会          
                  一三二〇万〇〇〇〇円
       一九九八年度     献金先 国民政治協会
                  一〇四七万〇〇〇〇円
     右の献金先のうち、国民政治協会は自由民主党の政治資金団体であり、改
    革国民会議は旧新進党の政治資金団体である。

第三 企業献金の実態
  一 企業献金の賄賂性
    1 企業献金は賄賂である
      企業献金は、財産的利益を相手方に無償で移転させるのであるから、そ
      の法的性質は贈与であり、贈与行為自体は自己の財産を減少させる行為で
      ある。そこには金銭的利益を生む可能性がない。贈与することによって、
      将来的に財産上の利益を得ること、すなわち見返りが期待できない限り、
      営利目的遂行には役立たない。
       一方、政党等に献金することによって、立法上あるいは行政上有利に取
      り計らってもらうことを期待するものなら、それは、政治家等に職務権限
      を不正に行使させることを意味するものであるから、その献金は賄賂その
      ものであり違法である。
       従って、企業献金の無償性に力点をおけば企業の営利目的に反するもの
      であり、逆に営利性に力点をおけば賄賂性を帯び、いずれも違法の問題が
      生ずる。
    2 企業献金の歴史
       戦後日本に、日本の政治的支配がゆさぶられた三大事件と呼ばれる疑獄
      事件があった(一九四八年・昭電疑獄、一九五四年・造船疑獄、一九七六
      年・ロッキード疑獄)。これらではいずれも企業の政治家への献金(賄賂)
      が存在した。
       八〇年代以後の日本でも、政治家がからんだ大型の汚職事件が続発した。
      一九八六年の撚糸工連事件、八八年の全自連砂利船事件、八九年のリクル
      ート事件・パチンコ疑惑事件、共和事件から佐川事件へと、その発覚は毎
      年のごとくにめまぐるしい。
      これらの事件はいずれも、上昇途上の企業がその企業利益を確保・拡大する
      ために政治家・高級官僚に賄賂を提供したという点では共通性がある。
      疑惑が時の首相・主要閣僚・有力派閥領袖までに及ぶという点も同じである。
       また賄賂を贈った企業が、戦後日本経済の各時代のいわば「花形」の領域に
      属する点も共通している。規制緩和の時代に入れば入るほど競争原理が働き、
      少しでも他企業に対し有利になろうとする。政党、政治家との関係でも同一
      である。そこに企業献金が肯定されると、より一層腐敗した土壌を構造的に
      企業が作っていくことになる。その点では、企業自らが企業献金を政党等に
      一切しないことが、戦後政治の疑獄事件の経験からも求められている。
    3 企業献金は政治腐敗を招く
       以上のとおり、企業献金は政治腐敗に必然的につながる。それは、企業
      献金の本質である見返りを期待してなされる多額の献金は、公職者の腐敗
      を招くからこそ候補者に対する企業による寄附が禁止され、更に本年から
      政治家個人の資金管理団体にも禁止されたのである。これが政党に変わっ
      たからといってその本質は変わらない。
  二  企業献金が議会制民主主義をゆがめている
    1 企業献金は特定の政党に集中する
       実際は権力を持っている政党に集中する。企業は、権力を持たない政党
      には献金しない体質を持っている。それは営利を追求するからである。こ
      の結果、献金を受ける政党と受けない政党との間には資金力の面で顕著な
      差が生まれる。
       更に、政党の資金力の差は、選挙や政治過程に大きな影響を与える。そ
      のために、自由な言論や政策の理性的選択による国民の国政に関する合意
      形成は大きく阻害される。八幡製鉄政治献金最高裁判決は、企業献金が国
      民個々の選挙権行使に直接影響を及ぼすものではないとするが、それは戦
      後一貫して続いてきた金権政治の実態と弊害を直視するものでなく、最早
      今日における企業献金をめぐる社会通念とも著しくかけ離れている。
        企業の多額の寄附が選挙と政治過程に影響を与え、選挙や政治に対する
      国民の平等な影響力行使を妨げ政治的不平等を招く弊害をもつことは、後
      に述べる資金量の大きい政党、政治家の活動実態を見れば一目瞭然である。
      大きな資金力をもつ政党、政治家の影響力が大きくなれば、少ない資金量
      の政党、政治家の声は小さくなる。このような資金量の差は投票活動に影
      響を与えることは子どもでも容易にわかる事柄である。その点で、政治的
      平等を確保する見地から多額の資金力をもつ企業に企業献金を禁止したと
      しても、平等原則に何ら反しない。
   2 献金を受ける政党の近代化をも阻害している
       政党は特定の政治的思想信条を共有する集団であるから、その思想信条
      を共有する者がその政党の活動に必要な資金を拠出するべきである。これ
      が本来の政党の姿であると言われている。
       一九六一年政府内に作られた第一次選挙制度審議会は、同年一二月二六
      日「会社、労働組合などの団体が選挙または政治活動に関し寄附をするこ
      とは禁止すべきだが、ただ実施時期などはひきつづき検討する」と答申し
      た(朝日新聞一九六一年一二月二七日)。
       更に、共和製糖事件(一九六六年)発覚後、またしても規正法改正が国
      会で議論され、第五次選挙制度審議会は、「政党の政治資金は、個人献金
      と党費により賄われることが本来の姿である」から直ちに実現が難しいと
      しても「政党はできるだけすみやかに近代化、組織化を図り、概ね五カ年
      を目途として個人献金と党費によりその運営を行うものとする」との答申
      を行った(翌年四月七日)。
       更に、一九九五年の政治資金規正法においても、企業団体献金の見直し
      がなされることを前提に政党助成法が成立した。この結果、この五年間に
      政党は、本来ならば望ましい姿である個人献金と党費により賄われ、その
      不足分は政党助成金により補填されるはずであった。
       一九九五年に施行された政党助成法によって、政党は企業献金に依存し
      なくとも活動資金を調達することが可能になり、しかも五年間の猶予があ
      ったのになお営利企業からの献金を受け続けるというのでは、本来の望ま
      しい政党の姿になっていない。そのような前近代的で自律的でない政党に
      対し、企業の献金を続けその政党を存続させることは、政党政治自体の近
      代化を阻害している。
        なお付言しておくと、政党助成法は違憲の疑いの極めて強い法である。
      すなわち、同法では市民の納付する税が当該市民の支持しない政党にも交
      付される点において、市民個々人が有する自己が支持しない政党や政治的
      意見への支持を国家によって強制されない自由を侵害する。また同法は政
      党要件を設けて小政党を排除し助成金交付対象政党を選別している結果、
      法の下の平等に反するばかりか、市民の有するいかなる政党を支持し参加
      するか、いかなる政党にも支持参加しないかの自由、すなわち法の下の平
      等と結社の自由を侵害するからである。しかし、本件訴訟ではこれらの点
      は一応措くとして、ともかく政党は、政党助成法により企業献金に依存し
      なくとも政治献金を調達することができるようになったはずであり、政治
      献金を正当化することは最早許されなくなったといわなければならない。
 三 本件企業献金は特定党派への献金である
  1 財団法人国民政治協会は自民党への企業献金を専らの目的とする政治団
      体である。
       同団体の収支を見ると、同団体は企業献金を集め、それを自民党に献金
      することを目的としている。
       更に、自民党の収支を見ると、一九九二年年から一九九四年までは国民
      協会からの献金に依存している。一九九五年から政党交付金が支給されて
      からは政党助成金に依存することになるが、しかし企業献金も当該年度収
      入の四分の一近くに達しており、やはり企業献金に依存している。
  2 自民党は多くの政党の中の比較的大きい政党であるが、しかし一つの政
      党にしかすぎず、しかも国民の圧倒的多数から支持されている政党でもな
      い。
      最近の衆参議員選挙における自民党の得票率、議席数等を見れば明らかで
       ある。
       訴外会社の契約者は、一九九九年三月末日現在、九四〇万人である。
       この九四〇万人の契約者が全て自民党を支持したとも思われない。この
      ような多数の契約者の政党支持状況は、ほぼ前記の政党支持率と同一視し
      てもよいと思われるが、そうすると訴外会社が自民党に献金することは多
      数の契約者の意思に反することは明らかである。もちろん九四〇万人の
      中に自民党支持者がいることは明らかであると思われるが、だからといっ
      てそのような人が全て自民党に献金してもよいということにはならない。
      因みに、八幡製鉄政治献金事件において、企業が自民党に献金したのは
      一九六〇年三月であるが、この前後の選挙等において少なくとも国民の五
      〇%以上が自民党を支持していた。しかし現在は当時の状況とは著しく異
      なる。
  四 企業献金の使途
     自民党のこの四年間の支出を見ると別表のとおりとなっており、政治活動
    費がその大半を占め、うち法律で定められた寄付金は別として、組織活動費
    なるものが非常に大きな比重を占めている。
     政党の組織活動費ではないが、政治家の組織活動費を調査した醍醐聰東大
    教授は、「組織活動費、とくにその中の組織対策費と交際費の大半は、いま
    なお、本来の政治活動とは無縁な政治家個人の再選目当ての票田維持・開拓
    費、さらには政用族としての自家消費(政用にかこつけた遊興飲食費)とな
    っている」と指摘している。
     これらを見る限り、政党への企業献金はある意味では国会議員の「飲み食
    い」の金を供出している側面もあることを看過してはならない。およそ、企
    業献金は民主主義のコスト論等といって美化されるものでもなく、政党、政
    治家の政治不信を助長しているにすぎないものである。
  五 小括
     以上のとおり企業献金のもつ弊害は甚大である。直ちに企業献金をやめる
    ことが、企業の社会的責任であり社会の要請である。

第四 本件企業献金の違法性
  一 企業献金は国民の選挙権を損ね、社員の政治的信条の自由を侵すものであ
    り、公序に反するものである
    1 自然人たる国民の有する選挙権
       憲法で定められた選挙権は自然人たる個人に認められたものであり、法
      人には認められていない。
       選挙権は被選挙人を前提とし、その人物政策等の宣伝する選挙運動並び
      にその運動費の援助寄付する資金提供権をも包含するものである。
    2 企業献金による選挙権の侵害
       政党の主義や政策を支持するための資金提供である企業献金は、その政
      党の政治的主張を支持し、政党の国民に対する支援拡大等の政治活動の資
      金的源泉となることによって、国家の意思形成に影響を与える。
       この企業献金が選挙権を有しない企業によって行われることは、自然人
      たる個人のみに与えられている選挙権の侵害行為となる。
       とりわけ企業に社会の富が集中し、その財産が特定の政党との利害を共
      通にする少数の役員によって運用され、かつその強大な経済力を背景に個
      人では及びようもない巨額の企業献金が行われることは、個人の選挙権を
      損ね国の基本秩序を崩すことになる。
       これに対し、八幡製鉄政治献金事件最高裁判決は、会社も法律上の人格
      であるから自然人たる国民と同様に政治的行為をなす自由を有すると判示
      している。会社の政治的自由の名の下にいわゆる「企業ぐるみ選挙」が行
      われ、その従業員や下請業者等の政党支持の自由が侵され、これに対する
      社会的批判が高まったことは周知の事実である。
       日本の社会における巨大な企業の存在を考えるなら、その政治的自由を
      認めることは、個人の選挙権に対し企業が影響力を行使し、それによって
      国政の動向を支配する事態を生じかねない。
       一九九九年一一月一七日付朝日新聞朝刊のアンケートによると、献金を
      行っている企業は、「企業・団体献金の意義」についてほぼ半数が「自由
      主義経済体制の維持」と答えている。冷戦終結して久しく、日本の政党も
      全て市場経済を是認している現在においては、そのような意義は見出せな
      い。
       しかしここで問題なのはどのような経済体制を選択するかは主権者であ
      り投票権を有する国民である。企業献金によりこの点に影響力を行使する
      ことは国民の投票権を侵害するものである。
    3 企業献金は社員の政治的信条の自由に抵触する
  (一) 個人の政治的自己決定権を侵害する企業献金
       社員の立場からするなら、社員個々人の考え方に反して、少数の役員の
      判断によって、会社の財産(それは社員が保険料を出捐して形成されてい
      る)を特定の主義・政策の政党に献金できるということは、社員の政治的
      信条の自由にも反する。
       特定の政治的信条を信奉する団体である政党や政治団体に政治資金を寄
      付することは、特定の政治的立場を支持し、これにその財政的基盤である
      資金的援助を与えるものであり、政治的意思を実現する行為、即ち主権者
      としての個人である国民にのみ付与された政治的権利の一態様である。
       政治の分野では、複数の相異なる信条が存在し、その複数の信条が基本
      的に対立し合うという関係にある。そしてかかる複数の信条が存在し対立
      し合うことを肯定し、そのいずれに価値観を認めるかは個々人の自由に委
      ねるというのが近代民主主義の理念である。
       相互会社の社員の中には、他の政党を支持する者もあれば、政治的無党
      派の者もいる。数十万、更には百万人を超える社員を有する相互会社によ
      っては、社員の個々人の政治的あるいは宗教的信条が異なるのは当然であ
      る。
       訴外会社が献金している自民党(国民政治協会)の支持率は三〇%前後
      であり、その余の七〇%前後の圧倒的多数の社員は本件企業献金に同意で
      きない政治的信条を有していると推認できるのである。
       従って会社の献金を認めることになると、それを支持しない社員の政治
      的意思が無視される。
       更に相互会社にあっては一人一人の社員は、相互扶助に基づく保険上の
      利益を得る目的で社員となったものであり、政治的意思の実現は、個々人
      が自主的に判断する性格のものであり、会社がこれを行なうことを予定し
      て社員となったものではない。
       企業献金は社員自らが保険料として拠出し、役員に預けている金員を、
      政治的信条の反する政党に献金されることを強制される結果となるもので
      ある。
       このことは社員個々人の政治的自己決定権、政治的信条の自由に対する
      重大な侵害となる。
    (二) 八幡製鉄政治献金事件最高裁判決以降の最高裁判所判例には顕著な変化
      が見られる。
       即ち、その内の一部を総選挙に際し特定の立候補者支援のためにその所
      属政党へ寄付する目的で、労働組合が臨時組合費を組合員から徴収しよう
      とした国労広島地本組合費請求最高裁判決事件(一九七五年一一月二八日
      民集二九巻、一〇号一六九八頁)は、「政党や選挙による議員の活動は、
      各種の政治的課題の解決のために労働者の生活利益とは関係のない広範な
      領域にも及ぶものであるが、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持
      するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民として
      の個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決
      定すべき事柄である。」としたうえ、政治活動の費用、または資金の拠出
      を強制することは組合員個人として有する政治的自由を侵害すると判示し
      ている。
       また、税理士法を業界に有利な方向に改正するための工作資金として会
      員から特別会費を徴収し、それを特定の政治団体に寄付した行為が問題に
      なった南九州税理士会政治献金最高裁判決(一九九六年三月一九日民集五
      〇巻三号六一五頁)は、「その多数決による政治活動に対して、これと異
      なる政治的信条「政党など(政治資金)規正法上の政治団体に対して金員
      を寄付するかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、
      会員各人が市民としての個人的な思想、見解、判断に基づいて自主的に決
      定すべき事柄である」とし、税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを
      得ないと判示している。
       以上のように最高裁判所は、構成員の思想信条の自由に対する配慮に全
      く欠けていた八幡製鉄政治献金最高裁判決当時の立場から、構成員の思想
      信条の信条を尊重重視する立場に転換している。右八幡製鉄政治献金最高
      裁判決は法人の構成員の思想信条の自由の観点から見直しが必要である。
    (三) 相互会社においては、株式会社にも増して構成員の政治的自由は尊重さ
      れなければならない。
       契約者相互の扶助を目的とする相互会社において、社員は会社と保険契
      約をして参加している(しかも契約の自由を前提としない附合契約である
      )。生命保険会社の場合、被保険者が死亡するまで契約は継続するのが常
      態であるから、株主と違って、契約関係は長期的なものとなるため、安定
      性、継続性が顕著となる。後述のとおり、株式会社の場合と異なり、マー
      ケットルールで、即ち株式を売却するという方法で、構成員であることを
      離脱することはできない。
       その意味からは、構成員の思想・信条の自由及び政治的自己決定権は、
      株式会社の場合以上に尊重されなければならないものといえる。従って、
      相互会社における政治献金の問題は、株式会社の政治献金が問題となった
      八幡製鉄政治献金事件とは別個の視点で考える必要がある。
       このように、社員の政治的信条を侵害し、かつ自然人たる国民しか有し
      ない参政権を侵害する企業献金は、民法第九〇条に違背するものである。
  二 本件企業献金は権利能力の範囲外(法令・定款の目的外)の行為である
    1 法令定款による制限
      法人の権利能力は法令並びに定款で定められた範囲内に制限される(民
      法第四三条類推適用)。
       訴外会社は保険業法上の相互会社である。従ってその事業目的は保険業
      (同法第二条第五項)であり、その業務は保険業としての固有業務(同法
      第九七条)、付随業務(同法第九八条)、法定他業務(同法第九九条)に
      保険業法上制限されている。これ以外の業務を行うことはできない(同法
      第一〇〇条)。かつ定款でその業務とする保険業務は、
      1.生命保険業
      2.他の保険会社(外国保険業者を含む。)の保険業にかかわる業務の代
        理または事務の代行、債務の保証その他の前号の業務に付随する業務
      3.国債、地方債または政府保証債の売買、地方債または社債その他の債
        券の募集または管理の受託その他の保険業法により行うことのできる
          業務および保険業法以外の法律により生命保険会社が行うことのできる業務
      4.その他前各号に掲げる業務に付帯または関連する事項
        と定めており、この目的の範囲内において権利能力を有するものである。
  2 相互会社の目的
      保険事業は保険契約者である社員のために保険の引受を行うものであり、
      構成員である社員の相互扶助によって共通利益の促進擁護を行う人的結合を
      基礎とする社団であり、営利法人でも公益法人でもない各種協同組合などと
      ともに中間法人とされている。
        ここでは実費主義、即ち収支相償うという原則の下に事業が行われ、社
      員から支払われた保険料の運用益が予め見込まれる運用益(予定利率部分)
      を上回った場合には社員に配当金が支払われることになる。
        事業の内容は、社員から保険料として寄託を受けた資金を相互扶助とし
      ての保険金の支払に確実に充てられることを基礎として、堅実な資金運用
      によって社員の配当率を高めることである。営利会社では定款の目的の範
      囲内で積極的に営業活動を行うため、定款の目的は広く解される余地はあ
      るが、相互会社にあっては社員の保険利益を守る要請からその範囲は限定
      して解せられるべきである。
       また社員は保険契約によって相互会社と結びついており、退社するため
      には保険関係を消滅(解約)することが必要となる。株式市場のマーケッ
      トルールによって、株式を売却して株主は損失を生ずることはない(株価
      の高下によるものは別だが)が、相互会社の社員は解約による多大な不利
      益なくしては退社することができず、退社の自由は経済的に制限されてい
      る。この点からも権利能力の範囲は社員の利益のために限定されるもので
      ある。
    3 非営利行為としての企業献金は相互会社の定款の目的外の行為である
       右に述べた相互会社の特質に基づいて本件の企業献金が保険業法上、並
      びに定款上の目的の範囲内にあるかどうか検討する。
        相互会社の目的が、相互扶助による社員の保険利益の増進という点にあ
      る以上、相互扶助としての保険事業並びにそれに付随して配当率を高める
      ための営利行為は権利能力の範囲内にあることは言うまでもない。
       これに対し、本件企業献金は政党に対する無償の利益の供与である。無
      償で財産を出捐し、または債務を負担する非営利行為は、相互会社のみな
      らず営利会社においても原則として目的の範囲外の行為である。
        例外として阪神大震災のような災害時の救援行為、育英事業、慈善事業
      等に対する寄付、献金を原告は否定するものではなく、社会的に企業が事
      業活動を行うことによって得られた利益の一部を社会に還元することは、
      企業の社会的責任と言えよう。そしてこれら事業が実現しようとする価値
      は、人によりその程度それを重視するかどうかの相違はあっても、一般社
      会人にとっても是認され、評価される行為である。また社員の合理的意思
      によれば、会社の資金に余裕のある限り、その同意が得られる行為である。
      従って権利能力の範囲の行為として是認されよう。
        これに対し、本件企業献金はその殆どが自民党の政治資金団体である国
      民政治協会に対してなされている。特定の主義と政策を有する政党に対す
      る献金は、特定の宗教に対する献金と同様、一般社会人にとっても社員に
      とっても実現しようとする価値の賛否をめぐっては鋭い対立がある。この
      ように政党に対する献金は、社員の相互扶助による保険事業を目的とする
      相互会社の目的の範囲外の行為である。
        また、後に述べるように企業献金は、国民の選挙権を侵害し、原告ら社
      員の政治的信条の自由を侵す事においても目的範囲外の行為である。
  4 企業献金は社会通念上期待ないし要請される行為ではなく、権利能力の
      範囲外である
    (一) 八幡製鉄政治献金事件最高裁判決
       八幡製鉄政治献金事件最高裁判決八幡製鉄政治献金事件最高裁判決は、
      会社は社会的実在だからそれとしての社会的作用を負担せざるを得ないと
      して「会社に社会通念上、期待ないし要請されるものである限り、その期
      待ないし要請に応えることは、会社の当然になしうるところである」と判
      示している。即ち、企業献金は社会通念上期待ないし要請される行為だか
      ら権利能力の範囲内であるとしている。
       本件訴訟の重要な争点は、「企業献金奨励判決」との批判を受けた右判
      決のこの判断の是非にある。
       企業献金に対する右判決時当時の社会通念が仮に百歩譲って「期待ない
      し要請される」ものであっとしても、今日ではもはや企業による政治献金
      は金権腐敗を助長し、企業による国民個人の参政権の侵害を生ずる行為で
      あり、その禁止こそが「期待ないし要請される」行為とされているものと
      見なければならない。企業献金に対する社会一般の常識・感覚は右判決後
      の社会状況の変化をも照らしあわせて検討することが求められる。
    (二) 社会通念は企業献金を要請、期待していない
       右最高裁判決は、この社会において誰が企業献金を「要請・期待」して
      いたと言うのであろうか。巨大企業が圧力団体として政治に影響力を行使
      するにあたり、企業献金を手綱にしてその動きをコントロールし、それが
      政治腐敗の温床となった。右判決後生じたリクルート事件、ゼネコン汚職
      等絶え間なく生ずる汚職事件は限りなくクロに近い「企業献金」の横行の
      なかで生じてきている。
       「要請・期待」していたのは、これを受け入れている政党と、献金によ
      り政治に影響力行使をしようとする違法な献金目的を有する企業並びに献
      金を受けた政党の支持者のうち、企業献金による弊害をいとわない少数の
      国民にすぎない。
    (三) 国会での企業献金禁止の論議
 企業献金の禁止をかねてより強く求めているのが今日の社会通念である。
      既述のとおり一九七五年三木内閣の政治改革において、第五次選挙制度審
      議会が「政党の政治資金は個人献金と党費によってまかなうのが本来の姿」
      と答申したのを受けて以来、企業献金の全面禁止についての議論が金権腐
      敗政治をなくす視点から国会でも行われてきた。
       一九九四年の政治資金規正法の改正時に年間三〇〇億円を超す政党交付
      金制度の導入とともに、同法付則九条で企業・団体の政治家(資金管理団
      体)への献金を五年を経過した平成一一年末において禁止する措置を講ず
      ると定め、同付則一〇条で平成一二年一月以降において政党、政治資金団
      体への企業・団体献金の見直しを行うと定めていた。
       しかし、自民党を中心とする与党は「見直して付則一〇条の削除もある」
      との詭弁を弄してきた。
       圧倒的な社会的要請に押されて政治改革の中心課題として企業、団体献
      金の全面禁止を政治家自らが方向づけをしながらも、政党の企業・団体献
      金への依存と企業のそれによる政治的利益誘導の期待から、右社会的要請
      が踏みにじられてきたのである。
    (四) 企業の企業献金に対する意見
       企業献金を行っている企業のなかでも、企業献金の禁止の声は広くあが
      っている。
       前記一九九九年一一月一七日付朝日新聞朝刊の企業献金についての企業
      アンケート結果によれば、「企業献金は本来どうあるべきか」の問に対し
      「個人献金と公的助成」と回答したのが、四四社中三三社と圧倒的多数で
      あり、「政界はこの五年間個人献金を増やす努力をしたか」の問には四三
      社中三三社が「殆どしてこなかったあるいはあまりしてこなかった」と答
      えている。
       このように企業献金を行っている企業自らが、それをなくすべきとして
      おり、企業献金を望んでいない。
       また一九九九年三月一日経済同友会政治委員会が発表した「政治改革及
      び企業・団体献金についての論点」は、「戦後の長い期間に渡って、企業
      献金は、わが国の市場経済体制を守るために、保守政党を政治資金の面か
      ら支援するという重要な役割を担ってきた。その意味で、企業献金は社会
      的認知を得ていたといえる。しかし、今や、市場経済の維持と言う大義名
      分は失われ、企業の株主重視という側面からも、これまでのような形で企
      業献金を行なうことが難しくなってきている。」と述べている。八幡製鉄
      政治献金最高裁判決時とは、献金企業側の考えも大きく変化している。
    (五) 企業自らが、企業献金をすることが社会に対して貢献しているとも考え
      ていない
       企業自身、企業献金が社会から要請・期待されていないどころか、これ
      を有害なものと社会が考えていることを知悉していることは、献金の事実
      を社会的に公開されることを嫌っていることからもうかがわれる。社会的
      に要請・期待されると認識しているなら救援活動、メセナ活動、育英事業
      等のように積極的にその事実を社会に公表するのが当然である。
       商法改正のなかで提案されたことのある付属明細書に企業献金等の無償
      の利益の供与の明細を明示するとの案は、企業、財界サイドの反対もあっ
      て成案に至らなかった。社会から要請期待されるものであれば、企業サイ
      ドでそれを公表するにやぶさかでないはずである。
    (六) 企業献金は自然人たる国民の有する参政権を侵害する行為である
       企業献金はすべての国民が平等に政治意見の形成に参加することができ
      るという、個人のみに与えられた憲法上の権利である参政権に違背するも
      のである。この点においても期待・要請されるものどころか、憲法に抵触
      する有害な行為であり権利能力の範囲外である。
       既述した南九州税理士会企業献金徴収拒否事件判決(最高裁一九九六年
      三月一九日判決 判例時報一五七一号一六頁)において、税理士会が政党
      などに献金することは、会員個人が市民としての個人的な政治的思想、見
      解等に基づいて自主的に決定すべき事項であり、税理士会がそのような活
      動を行うことを法は全く予定していないとして、会が多数決原理によって
      献金を団体の意思として決定し構成員にその協力を義務づけることは権利
      能力の範囲外と判示している点が本件の検討についても参考になる。
  三 善管注意義務違反
     被告らが代表取締役社長の職にあった訴外会社は事業規模が大きく、社員
    は国民全体の何分の一にも及ぶ莫大な人数であり、社員以外の国民も将来の
    社員になる現実的可能性を有しているのである。
     その事業運営にあたっては、事業上の利益に加えて国民・地域社会並びに
    社員からの事業活動への批判も考慮したうえで、社会的批判による事業運営
    の支障が生じたり、公序に反したり、社会の健全な発展に阻害が生じないよ
    う善管注意義務をもって事業活動をするべき義務を社員に対し負っていたも
    のである。
     とりわけ社員の財産の管理者として企業献金などの無償の利益の供与をな
    すにあたっては、それが社員に通常は損失しかもたらさないことを考慮した
    うえ、右の点も含め違法、不当かつ無用な出捐にならないかどうかの点につ
    き特別の慎重さが求められる。
     同時に、企業献金としての出損が多数の社員たちの総意を反映したものか、
    又は、社会的批判を受けたり公序に抵触するものではないかについて、慎重
    な検討を加えるべき注意義務が存在する。
     本件企業献金は、以上の事実からするなら、被告らに善管注意義務違反が
    あったことは明らかである。

第五 損 害
     本件企業献金によって、被告浦上は献金相当額金四四四〇万円、被告吉田
    は、献金相当額金二三六七万円の損害を訴外会社に与えた。

第六 差止請求(再発の危険及び回復すべからざる損害を生ずるおそれ)
     訴外会社は長年に渡って企業献金を行なっており、被告吉田も代表取締役
    就任以来、企業献金を継続して行なっている。
     その上、本件提訴に先立ち、原告らが訴外会社に対し、将来の献金の差止
    めを要求したにもかかわらず、訴外会社はこの要求を黙殺している。このま
    ま放置すれば、被告吉田が、違法な企業献金を繰り返すおそれが著しく高い。
     そして、企業献金の不当、違法が公知のものとなっている現状において、
    今後も特定の政党に対する企業献金が行なわれると、その金額の会社財産が
    流出されるだけでなく、訴外会社が世間の厳しい批判を受け、社会的信用が
    著しく失墜する。その信用失墜は一旦生じると回復が著しく困難である。

第七 提訴請求及び提訴期間の経過
     原告らは、訴外会社監査役に対し、二〇〇〇年三月二七日付で本件提訴に
    かかる提訴請求を行い、同年三月二八日到達した。
     本日までに右提訴請求による提訴期間が経過したが、訴外会社は提訴をし
    なかった。

第八 結 語
     よって原告らは、被告らに対し保険業法五一条二項が準用する(以下同様)
    商法二六七条に基づく社員代表訴訟として、同法二六六条一項五号による損
    害賠償金及び本訴状到達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合
    による遅延損害金を訴外会社に支払うことを、さらに被告吉田に対しては商
    法二七二条に基づく差止請求として、政党、政党支部及び政治資金団体に対
    する寄附の差止めを求めて本訴に及ぶものである。
                                                                   以 上